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第4章 決意表明2

「いいんだ」と朔夜は力なく言い、泣き笑いをする「俺にとっては、おまえが一番なんだから」 「さくちゃん!」 「それに俺のほうだって、どうなるかわからねえ。母ちゃんたちが結婚に賛成してくれても、他の連中が反対するかも」  日向は、朔夜が言わんとすることがわかり、はっとする。 「そうしたら――魂の番でも俺たち、会えなくなる。それだけは、絶対にいやだ」  世の中のことをよく知らない子どもでも、朔夜の話を聞けば、叢雲の本家やその親戚がとてつもない力を持っていることが理解できる。朔夜の話しぶりから叢雲の家は、オメガやベータの人間をあまりよく思っていないようだ。  朔夜の魂の番で、オメガである自分はどんな目に遭わされるのだろう……。  想像しただけで日向の背筋は薄ら寒くなった。  それでも――これ以上、朔夜が傷つけられるのは我慢ならならかった。  このまま無理に無理を重ねていけば、いずれ朔夜が壊れてしまうのではないか、と日向は()(ゆう)する。  駆け落ちを提案した朔夜本人が、家族や友だちと離れ離れになることを本心では、いやがっているのが伝わる。  日向だって、やさしい母親や祖父母、朔夜以外の友だちと会えなくなってしまうのはつらいし、悲しい。  日向は泣いている朔夜の手を取り、安心させようと笑いかける。 「ねえ、さくちゃん。僕、強くなるね」 「日向……?」 「さくちゃんに助けてもらってばっかりの弱虫じゃなくて、光輝くんたちにいじめられないくらい、だれかを守れるくらい強くなるね。今すぐには無理だけど……いつか胸を張って、さくちゃんの隣に立てる大人になるって約束する」 「無茶言うな!? そんなのは絶対に不可能だ!」  血相を変えた朔夜が、日向の肩を摑む。  むっとした顔をして「どうして?」と日向は訊く。 「『どうして?』じゃねえ。オメガの身体は弱いんだ! オメガの男でも、ベータの女と比べたて体力や腕力がねえ。ましてやアルファの女や男には、(かな)わねえように、身体ができてるんだぞ!」 「じゃあ、僕、この地域で一番強いオメガになる。アルファに負けないくらい、かっこいいオメガになるね!」  得意げな様子で日向は意気込んだ。  顔色を真っ青にさせた朔夜は「何言ってんだよ、おまえ! 正気か!?」と叫ぶ。  顔色の悪くなった朔夜の目元に、日向は手を伸ばす。秋の空のようにも、初夏の新緑のような色にもなる目にたまった涙を、指先で拭い去る。 「僕たち、運命の赤い糸で結ばれてるんでしょ?」 「そう、だけど……」 「大人になったら番になって、結婚する。だったら、さくちゃんの気持ちを、僕にも分けてよ」 「気持ちを分けるって、どういうことだよ?」と朔夜は口をへの字にする。 「さくちゃん、僕が傷つく姿を見るのはいやだって言ってくれたよね」 「ああ」  朔夜は躊躇いがちに答えた。 「僕だって、さくちゃんが傷つく姿を見るのはいやなんだよ。悲しくて、つらい気持ちになっちゃう。それにね、結婚式で神父様が言ったの。新郎新婦は『喜びも、悲しみも分かち合う』ものだって。だから、さくちゃんがつらかったり、悲しいときはその気持ちを僕に半分ちょうだい!  美味しいものはひとりで食べるよりも、大好きな人と分け合って、一緒に食べるほうが幸せな気持ちになれるでしょ。きっと、つらい気持ちや、悲しい気持ちも分け合えば、心が軽くなるんじゃないかな!?」 「けど、気持ちを分け合うって、どうやるんだよ?」と朔夜は日向に問いかけた。「そもそも、心なんてあるかどうかわからねえし。あったとしても、目に見えねえものかもしれねえんだぞ。パンをだれかに分けたり、プレゼントをお互いに渡し合うようなことはできねえよ」  朔夜の言葉に日向は、くすくす声を立てて笑う。 「違うよ、さくちゃん。お互いに、もっといっぱいお話をしようってこと」 「なんだよ、それ。話ならいつもしてるだろ」  わけがわからないと朔夜は、右の目を(すが)めた。 「そうだね。でも、さくちゃんがおうちのことや親戚のことを、僕に“腹を割って話す”のは、今回が初めてだよ」  はたと、言われてみればそうだと朔夜は思った。 「お話でも、なかなか人に話せないことってあるでしょ? 僕ね、光輝くんに意地悪をされたとき、お母さんやおじいちゃん、おばあちゃんたちに話を聞いてもらうの。『悲しいことやつらいことがあったときは、ひとりで抱え込むよりも、だれかに聞いてもらうほうが心が楽になるよ』って教えてもらったんだ」 「そうなのか?」 「うん。もちろん一番いいのは、悲しいことやつらいことがなくなったり、忘れられることだけど……それってすっごく難しいよね。だから僕、お母さんたちに話すんだ。お話を聞いてもらえるとね、ほんのちょっとだけどいやな気持ちがなくなるの。  僕には、叢雲の人たちをどうにかすることはできない。さくちゃんがオメガだった頃の悲しい気持ちをなくす力もないよ。でも、僕がお話を聴くことで、さくちゃんの気が、少しでも楽になったらいいなって思うんだ! ……駄目? 僕じゃ力になれない?」

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