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第5章 怨恨2

 何しろ叢雲の【亡霊】は半世紀以上も子孫の身体を転々とし、この世に現れてきた。  まだバース性が発見されてから一世紀しか経っていないのに、だ。このような症例は、世界でもほんのわずかだ。その関係でデータも少ない。  そして叢雲の【亡霊】は常人ではありえないほどの怨念を募らせ、朔夜というひとりの人間の精神を崩壊寸前まで追い詰めた。  この心象世界において【彼】は【劇場】そのもの――はたまた、マリオネットを操る【()(ぐつ)()】と言っても過言ではない。  まるで、お(しゃ)()様の手に、自分の名前を書いた孫悟空となんら変わらない。  このまま闇雲に影を追い、刀を振るっているだけでは太刀打ちできない。いたずらに体力を消耗するだけ。少しでも隙を見せれば【亡霊】に飲み込まれ、朔夜を助けるどころの話ではなくなることを日向は察していた。  おそれがないといえば嘘になる。かといって何もしないでいれば周りの人間が次々に死んでいく。  次の発情期が来れば強制的に【亡霊】の番にされ、飼い殺しにされる。愛していないアルファの番となり、かごの中の鳥となる。【亡霊】に監禁されれば二度と日の下に出ることは、かなわない。家族や、友人を始めとした大切な人たちと会えなくなり、【彼】の気まぐれで身体を犯され、水や食料も自由にとることのできない人生が、死を迎えるそのときまで続く。  そんな人生は真っ平ごめんだ、と日向は思っていた。  影を見失った日向は精神統一をする。  どうしたら【亡霊】の(かん)(けい)を止められるのか、糸口を探る。  いつまでも姿を現さない【亡霊】は、()(そく)な手段をとる。 『どんなに頭を回転させても、朔夜を救う手立てなどない。すでに朔夜は俺のもの。俺が朔夜の精神に干渉して二十年以上の歳月が経っている今、俺を無理に引きはがせば朔夜の精神が崩壊し、心肺停止状態となる。そうすればおまえもこの世界に閉じ込められ、現実世界へ帰れなくなるぞ。おまえの積み重ねてきたものは、すべて無意味だったというわけだ。残念だったな、日向。おまえの負けだ』  大きな赤い布が急に頭の上にかぶさり、全身を覆う。日向は手足をばたつかせて布を払おうとするが、まるで布自体が意思を持っているかのように、身体にへばりついて離れない。 『そんなに朔夜に会いたいというのなら望み通り会わせてやろう。あいつが、おまえの言うようなことを望んでいるかどうか訊けばいい』  【亡霊】がそう言うと赤い布は、鳥のようにどこかへ飛び去っていった。

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