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第5章 怨恨3

 しかし事態は、日向達の想像を超え、ひどかった。  なにしろ、叢雲の【亡霊】は、半世紀以上も子孫の身体を転々とし、寄生し続けてきたのだ。まだバース性が発見されてから一世紀しか経っていないのに、だ。このような症例は、世界でもほんのわずかしかないから、データも少ない。そして叢雲の【亡霊】は、常人ではありえないほどの怨念を募らせ、朔夜というひとりの人間の精神を、崩壊寸前まで追い詰めたのだ。  この心象世界において【彼】は【劇場】そのもの――はたまた、マリオネットを操る【()(ぐつ)()】と言っても過言ではない。  まるで、お(しゃ)()さまの手の平に、自分の名前を書いた孫悟空となんら変わらない。  このまま闇雲に影を追い、刀を振るっているだけでは太刀打ちできない。いたずらに体力を消耗するだけだ。  少しでも隙を見せれば【亡霊】に飲み込まれ、朔夜を助けるどころの話ではなくなることに日向は、気付いていた。  恐れがないと言えば嘘になる。  かといって何もしないでいれば、周りの人間が死に、発情期が来たときに【亡霊】の番にされ、飼い殺しにされる。愛し合っていないアルファの番となり、籠の中の鳥となるのだ。【亡霊】に監禁されれば、二度と日の下に出ることは(かな)わなくなってしまう。家族や、友人を始めとした大切な人たちと会えなくなり、【彼】の気まぐれで身体を犯され、水や食料も自由に摂ることのできない人生が、死を迎えるその日まで続く。  そんな人生は真っ平ごめんだ、と日向は思っていた。  影を見失った日向は精神を統一させ、どうしたら【亡霊】の(かん)(けい)を止められるか、糸口を探る。  いつまでも姿をあらわさない【亡霊】は、()(そく)な手段をとる。 『どんなに頭を回転させても、朔夜を救う手立てなどない。すでに朔夜は俺のもの。俺が、朔夜の精神に干渉してから二十年以上の歳月が経っている今、俺を無理に引き離せば朔夜の精神は崩壊し、身体も心肺停止状態となる。そうすれば、おまえもこの世界に閉じ込められ、現実の世界へは帰れなくなるぞ。おまえの積み重ねてきたものは、すべて無意味だったというわけだ。残念だったな、日向。おまえの負け(ゲームオーバー)だ』  大きな赤い布が急に頭の上にかぶさり、全身を覆う。日向は手足をばたつかせて布を払おうとするが、まるで布自体が意思を持っているかのように、身体にへばりつく。 『そんなに朔夜に会いたいというのなら、お望みどおり会わせてやろう。だが、あいつに会って失望しても、俺は知らないからな。そして本人に訊け。あいつが、本当におまえの言うようなことを、望んでいるかどうかを、な』  【亡霊】がそう言うと赤い布は、鳥のようにどこかへ飛び去っていった。

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