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第6章 毒を飲んだマリオネット3

「大丈夫だ。あいつは俺の替わりになって万事上手くやる。だから心置きなく死ねるんだ。透明人間になったやつが消えても、だれも悲しむことはない」  そうして朔夜は貼りつけたような笑みを浮かべた。  チャリッ、とかすかに金属音が胸元からする。服の下に忍ばせていたネックレスに指先で触れれば、婚約者である男の顔が脳裏に思い浮かぶ。ここにいるはずもない彼が、自分のすぐそばで励ましてくれているような錯覚を覚え、息をつく。  すでに悲鳴をあげている身体を(しっ)()し、歯を食いしばって起き上がる。  朔夜をもとの状態に戻し、彼の帰りを待っている者たちのところへ連れ帰る。その思いと気力だけで日向は立ち上がろうと試みたのだ。 「――叢雲満月は、叢雲朔夜の替わりにはなれません。あなたの替わりになる人なんていない」 「おまえ、まだ立ち上がれる力が……」 「僕は……あなたが世界からいなくなってしまったら、つらいです。死んでしまったら悲しい。それこそ、生きている意味を見失ってしまいそうなくらいに……ううん。叢雲さんのいない世界では生きていけません」  満身(そう)()状態の日向が立ち上がったことに、朔夜は目を(みは)った。 「まして目の前で命を落としてしまうなんて、たえられない。そんなことになったら我も忘れてあなたのあとを追って――死を選びます。あなたが消えたら悲しむ人たちがいるんです。あなたの家族や、あなたを信頼している職場の人たち。あなたの友だちである絹香ちゃんや(まもる)くんたち。それに、和泉(いずみ)先輩や()()()さん。僕の婚約者であるあの人も。……あなたが消える未来を、だれも望んでいません」 「黙れよ」 「たとえ、そばにいられなくなくても、番になれなくても……あなたのことが好きです。【亡霊】に偽りの記憶を植えつけられ、あなたに手ひどく捨てられたと思い込んでいる間も、あなたを思わない日は一日だってなかったんですよ」 「黙れと言ってるだろう!」  大股で日向のもとへ近寄ると朔夜は右の拳で日向の頬を殴った。  空中に浮いた日向の身体がレンガづくりの花壇の上へ仰向け状態で落ちる。  力加減のない朔夜の拳をまともに受けたせいで口の仲を切り、鉄の味が広がる。うめき声をあげながら、よろよろと日向は身体を起こした。 「いいえ、黙りません。そんな状態になっているあなたを……放っておけません!」  目をかっと見開いて朔夜は、ふたたび立ち上がった日向の腹部へと回し蹴りを食らわせる。  守りの体勢をとらなかった日向はもろに一撃を受け、膝をつき、雪の上へと倒れ込んだ。  朔夜は、日向の髪をわし摑み、強引に顔を上げさせる。 「俺のことを好きだって言うのなら、俺のことを死ぬまで思い続ければよかったんだ。けど、おまえは、俺の口添えがあったことを理由に、あいつを選んだじゃねえかよ」  日向の髪を摑んでいた手を放す。身動きの取れなくなった日向の身体の上へと朔夜は馬乗りになり、白いシャツの胸倉を摑んで日向のことを乱暴に揺さぶった。 「おまえは、俺のことなんか好きでもなんでもない。まして、愛してなんかいない。オメガだから、自分を守ってくれる存在(やつ)を求めていただけだ」  痛みで(もう)(ろう)とした意識の中、青白い顔をした日向は眉を八の字にして、朔夜のことを見つめた。  朔夜は日向の胸元へ頭を寄せ、すすり泣くような声を出した。 「どれだけ俺が苦しんだと思う? おまえを愛する気持ちと憎む気持ちが、ない交ぜになって。おまえのそばにいて守りたかったのに離れなきゃ、手放さなきゃいけねえ。やってもいないことをおまえから攻められ、周りの人間に誤解され、後ろ指をさされたんだ。親兄弟からも疎まれ、おまえの母親には憎まれ、おまえに嫌われた。そのときの俺の気持ちが……おまえにわかるか? そんな俺の気持ちなんかちっとも知らずに、俺とよく似た顔をしているベータの男と婚約して海外で結婚だなんんて……許せねえよ。狂わずにいられるわけがねえ!」  ゆらりと頭を上げた朔夜は、泣いていなかった。表情の抜け落ちた顔で蛇のような目つきで、日向の黒曜石のような瞳を凝視する。 「俺の中はグチャグチャだ。おまえと出会わなければ、こんなに苦しむことはなかった。満月の器にならずに、ほかのオメガと番になって平凡な人生を送れた。俺がこんな目に遭って死ぬのは日向、全部……おまえのせいなんだよ」  呪いの言葉を吐きながら朔夜は、日向のひび割れ、かさついている唇へと自身の唇を押しつけた。

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