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第7章 絶望と希望の二律背反1

 突然、日向の胸元にあった指輪についている透明な水晶が、溢れんばかりの光を放った。  異変に気付いた【朔夜】は、身体を起こし、咄嗟に逃げようとしたが、指輪から発されているとは思えないほどの目映い光が、辺り一面を包み込む。【亡霊】は、断末魔のような悲鳴をあげた。  すると朔夜の背中から黒い影が勢いよく出ていき、霧散する。  同時に日向の手首をぐるぐる巻きにしていた糸も、すうっと消えてしまう。  糸が切れた操り人形のように、朔夜は雪の上へと横たわった。  何が起きているのか理解できないまま、日向が瞬きをしていると雪景色は、嘘のようになくなった。  照明のガラスがあちこちに落ちている、劇場の舞台の上に日向はいたことに気づく。 『琴音えええっ! あんのあばずれがぁ……また、俺の邪魔をするというのか!? 一度ならず、二度までも……許さん、許さん……許さんぞ!!』  黒坊主の世にも悍ましい(えん)()を耳にしながら、緩慢な動作で日向は身を起こす。ネックレスのチェーンに通してあった――星のようにきらめく指輪を手に取った。 「ありがとうございます。あなたはどこにいても、僕を守ってくれるんですね」とひとり言を言って指輪に口付ける。指輪の光は徐々に収束し、蛍の光のように小さくなり、日向の胸をほのかに照らした。  しんと静まり返った劇場で日向は、神経を研ぎ澄ませた。黒坊主の気配は感じられない。どういう原理かわからないが、指輪が光りを放っている間、黒坊主は姿を現せないようだ。日向は、発情期の収まった身体をぎゅっと抱き締め、目をつぶった。震えの止まらない身体と、ざわつく心を落ち着かせるため、息をつく。  ――いつまでも、こんな格好ではいられませんね。いつ、どこで黒坊主が現れるかも知れない状況下なのだから、今のうちになにか策を講じないと。  目を開け、立ち上がり、散らばったガラス片を踏まないように注意しながら、素足のままの状態で舞台の上を歩く。  自分の着てきたジャケットやスラックスはどこへいったのだろう? と日向は、自分の着ていた衣服や、身に纏えそうなものを探し回った。  そんなことをしているうちに、背後から朔夜の呻き声がして、日向は振り返る。  二日酔いでもしたみたいにガンガンと痛む頭を手で押さえながら、朔夜はゆっくりと身を起こし、「ここ、どこだよ? あー、クッソ! ……マジで頭いってえな……」とぼやいた。  しばらくの間、日向は呆然としていた。  昔と変わらぬ朔夜の開けっ広げな様子と、彼から香ってくる月下美人の花の甘い匂い――気がつくと日向は、両目から涙を零していた。

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