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第7章 絶望と希望の二律背反3
「ご、ごめんなさい。これは、その……」と、言葉を詰まらせ、身体を震わせる。
辺りを見回して朔夜は、日向の身体を包めるものが何かないか探した。激しく損壊した照明器具の近くに、脱ぎっぱなしの黒いコートを発見する。
さっと朔夜は、コートを取りに行く。コートを手に取ると、念入りにガラス片や埃 を叩 き落とす。
そして、身体を震わせている日向のもとへ近づき、コートを日向の肩にかけてやった。
顔を上げて日向は、朔夜のことを見つめる。
朔夜は、ひどく疲れきったような、げんなりしたような顔をしていた。レイプされかけた日向のことを見ていられないと視線を床へ移し、日向から距離をおく。
だんまりを決め込んだ朔夜の様子に戸惑いながら日向は、朔夜がくれたコートに腕を通し、ボタンをかけて立ち上がる。躊躇いがちな様子で「あの……」と朔夜に声をかける。
「無理にしゃべらなくていい。それ――俺がやったんだろ?」
即座に日向は、朔夜の言葉を否定した。
「これは、あなたではなく、【亡霊】がやったことです」
せっかく日向が弁解してくれたのにもかかわらず、朔夜は腰を下ろして正座をし、床に手を付き、頭を下げた。
「謝っても許されないことをした。おまえをこんなことに巻き込んで、嫌な思いをさせて……すまない!」
「やめてください!」
眉を八の字にして日向は、首を横に振る。
「違う、違うんです。あなたのせいではありません!」
しかし朔夜は、頭を上げようとはしなかった。額を床に擦りつけ、謝罪の言葉を口にする。
「いいや、俺のせいだ! 言い訳でしかないけど、油断していたんだ。満月に『言うことを聞かないなら、兎卯子たちを殺す』と言われて、焦った。そのせいで、あいつに付け入る隙を与え、結婚を控えたおまえに、とんでもねえことをした……」
日向は朔夜の前で膝を付いて、彼の鳶色の頭を上げさせる。
「お願いです。そのように、ご自分を責めないでください」
罪悪感に苛まれている朔夜のことを、日向はじっと観察した。
ひどくやつれた顔をしている。もとから色の白い人だったけど、極度の貧血でも起こしているみたいに、青白い。目の下には、くっきりと黒いクマがあるし。
――朔夜が仕事で無理をしているという話は、兎卯子から聞いていた。
大学卒業後に朔夜は、叢雲本家が創設した貿易会社へ、コネクションで入った。国内でも名前を知らない有名企業ではあるものの「ホワイト企業の皮を被ったブラック企業だ」という黒い噂も尽きないことで、有名だった。重役以外は割に合わない仕事を押しつけられ、有給休暇は自由に取れず、パワハラ・モラハラ・セクハラが横行していると元・社員の声が、ネットにあがっている。
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