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第7章 絶望と希望の二律背反4
朔夜自身も、副社長の地位に就いてはいるものの社長である本家当主や、重役である親戚たちや、満月の命令のもとで、馬車馬のように働かされていた。特にここ最近は、まともに休みも取れず、働き詰め。家へ着替えを取りに帰り、即会社へとんぼ帰りという生活を、半年以上も続けていたそうだ。
「まるで誰かに急き立てられているような様子だった」と兎卯子は、日向に話したのだ。
死刑判決を言い渡されるのを待つ、罪人のような様子をした朔夜を安心させたくて、日向は微笑んだ。
「【亡霊】はいわば自然災害のようなもの。たまたま、偶然が重なって運悪く、このような状況下になってしまっただけです。あなたは悪くありません」
しかし、朔夜は苦痛を堪え忍ぶような表情をして、膝の上に乗せた拳を握り締めた。
「けど、【あいつ】が目を覚ましたきっかけは、俺だ。『騙されるなよ』っておまえに言っておきながら、まんまと騙されて、踊らされ、おまえや、おふくろたちを始めとした周りの人間に、ひでぇことをした。道化もいいところだよ……」
「叢雲さん」と日向は、朔夜に声をかける。彼の力んで強張っている肩に手を置いた。
「それでも、あなたを憎んだり、嫌ったりせずにいる人たちがいるんです。あなたの本質を見抜き、あなたのことを信じている人たちが」
「おまえ、兎卯子だけでなく、おふくろたちにも会ったのか?」
「ええ、会いました。おばさんたちは、あなたが帰ってくるのを切に願っています。『あんたの帰ってくる場所は、ちゃんとここにあるんだから、少しは帰ってきなさいよ』と言っていましたよ」
お日さまのような笑顔で日向は、朔夜の質問に答えた。
「ったく、余計なことをしやがって……」と兎卯子や、母である真弓への悪態をつきながら朔夜は、目を潤ませ、口元を緩めた。
「むしろ僕のほうが、あなたに謝らなければいけません。いくら【亡霊】に記憶を書き換えられたからといって、あなたに対してひどい言葉を口にして、傷付けました。許していだけると思ってはいません。それでも……謝らせてください。ごめんなさい」
日向が頭を下げようとすれば、朔夜は「やめてくれ。そんなこと、おまえはしなくていい!」と大声で制止する。
朔夜の声のボリュームに驚きつつ、慌てて日向が頭を上げれば、朔夜は優しい手付きで自分の肩にお置かれていた日向の手を離し、「仕方ねえんだよ」と力なく言う。
「満月は口がうまいんだ。白いものを見て『白』だと思っている人の意識を、『黒』だと思うように変える。そんな奴が【亡霊】の力を行使し、洗脳 して人を欺く。俺は、『そんな化け物に勝てるわけねえ』って端 から諦めて、自分の意見を、思いを口にすることをやめた。放棄したんだ」
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