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第7章 絶望と希望の二律背反5

「叢雲さん……」 「それじゃあ、他の人間から誤解されても、しょうがねえよ」 「それに、」と言いながら、朔夜は立ち上がった。舞台の前――最前列にある真ん中の空席を熱心に見つめる。  そんな朔夜の背中を日向は、じっと見ていた。 「おまえとの約束をいくつも破った。だから、針を千本飲むことになったんだ。それだけの話だ」  穏やかな顔付きをして日向は「そんなことはありませんよ」と言う。  日向に背を向けたままの状態で朔夜は「おまえは、そういうふうに言ってくれるんだな」と呟いた。 「わざわざ、こんなところまで来てくれて嬉しいよ。兎卯子や、おふくろたちの言葉を命がけで届けにきてくれてありがとう。けど――おまえはもう帰れ。ここから逃げるんだ」 人の話を聞かず、自分の意見ばかりを通そうとする朔夜に、日向は歯(がゆ)い思いをする。  朔夜が今も自分を大切に思ってくれているのは、日向にとっても、ありがたかったし、心から嬉しいと思った。だからと言って、朔夜の言っていることは正しくない。朔夜の言う通りにしたところで、朔夜が犠牲となるだけだ。そもそも、問題の根本的な解決にはならないのだから、日向や日向の婚約者を始めとした人間が、これから先の人生も【亡霊】に狙われず、安寧に過ごせる可能性は低い。 「相変わらず変なところで頑固ですね」と日向は怒った。嫌味を言ったのに、背を向けたままの状態でいる朔夜の態度に業を煮やした日向は、立ち上がり、大股で朔夜のもとへツカツカと向かう。朔夜の腕を摑み、自分と向き合う形にして、なにを考えているのかわからない朔夜の顔を、凝視する。 「なぜですか? あなたに取り憑いた【亡霊】を鎮めることができる人間は、僕しかいません。【亡霊】を鎮めなければ、あなただって死ぬのですよ!? それなのに、どうして、そんなことを言うのですか?」  切実な様子で日向は、朔夜に説明を求めた。  しかし朔夜は、日向の胸元で(ほの)かに光る指輪と胸元や、首筋にある鬱血痕や歯型を見て、苦笑する。 「馬鹿言うなよな。俺だからだよ。俺が【亡霊】に寄生されているから、おまえの傍にはいられない」 「はいっ?」と日向は間の抜けた声を出した。 「今はその指輪のおかげで、満月も出てこないし、俺も正気を保っていられる。けど、いつ何時また、【亡霊】の力に屈するかわからねえ。そうしたら俺はまた、おまえに最低なことをする」 「ですから、それは【亡霊】が悪いのであって、あなたのせいでは……」

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