49 / 150
第7章 絶望と希望の二律背反5
「叢雲さん……」
「それじゃあ、他の人間から誤解されても、しょうがねえよ」
「それに、」と言いながら、朔夜は立ち上がった。舞台の前――最前列にある真ん中の空席を熱心に見つめる。
そんな朔夜の背中を日向は、じっと見ていた。
「おまえとの約束をいくつも破った。だから、針を千本飲むことになったんだ。それだけの話だ」
穏やかな顔付きをして日向は「そんなことはありませんよ」と言う。
日向に背を向けたままの状態で朔夜は「おまえは、そういうふうに言ってくれるんだな」と呟いた。
「わざわざ、こんなところまで来てくれて嬉しいよ。兎卯子や、おふくろたちの言葉を命がけで届けにきてくれてありがとう。けど――おまえはもう帰れ。ここから逃げるんだ」
人の話を聞かず、自分の意見ばかりを通そうとする朔夜に、日向は歯痒 い思いをする。
朔夜が今も自分を大切に思ってくれているのは、日向にとっても、ありがたかったし、心から嬉しいと思った。だからと言って、朔夜の言っていることは正しくない。朔夜の言う通りにしたところで、朔夜が犠牲となるだけだ。そもそも、問題の根本的な解決にはならないのだから、日向や日向の婚約者を始めとした人間が、これから先の人生も【亡霊】に狙われず、安寧に過ごせる可能性は低い。
「相変わらず変なところで頑固ですね」と日向は怒った。嫌味を言ったのに、背を向けたままの状態でいる朔夜の態度に業を煮やした日向は、立ち上がり、大股で朔夜のもとへツカツカと向かう。朔夜の腕を摑み、自分と向き合う形にして、なにを考えているのかわからない朔夜の顔を、凝視する。
「なぜですか? あなたに取り憑いた【亡霊】を鎮めることができる人間は、僕しかいません。【亡霊】を鎮めなければ、あなただって死ぬのですよ!? それなのに、どうして、そんなことを言うのですか?」
切実な様子で日向は、朔夜に説明を求めた。
しかし朔夜は、日向の胸元で仄 かに光る指輪と胸元や、首筋にある鬱血痕や歯型を見て、苦笑する。
「馬鹿言うなよな。俺だからだよ。俺が【亡霊】に寄生されているから、おまえの傍にはいられない」
「はいっ?」と日向は間の抜けた声を出した。
「今はその指輪のおかげで、満月も出てこないし、俺も正気を保っていられる。けど、いつ何時また、【亡霊】の力に屈するかわからねえ。そうしたら俺はまた、おまえに最低なことをする」
「ですから、それは【亡霊】が悪いのであって、あなたのせいでは……」
ともだちにシェアしよう!