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第7章 絶望と希望の二律背反6

「【種】があっても水を撒いたり、肥料を与えたりしなければ、花となり、実を結ぶこともない。俺は自分の心の中の不安や怒り、嫉妬なんかの負の感情を昇華できず、飲まれちまった。そのせいで満月はこんなにも力をつけちまったんだ。奴は俺に寄生し、俺の心の闇を養分にしてでかくなった。そうだろ?」  視線を彷徨わせて、日向は朔夜にかける適切な言葉を探した。  その間に朔夜は、日向の身体を軽々と俵抱きする。  オメガの男にしては167センチメートルと身長があり、幼少期から朔夜の祖父が営む道場で、身体を鍛えてきた。そうは言っても、オメガ特有の筋肉のつきにくさのせいで日向の身体は細く、体重も軽い。  一方、朔夜はというと、身長は180センチメートル近くあり、空手やサッカーといったスポーツを趣味として(たしな)み、定期的にんできた。普段は着痩せしていて周囲から細身だと思われているが、脱げばアルファらしく、男らしい体格をしていたのである。  日向が何事かと思い、目を瞬きさせていると朔夜は舞台の上から飛び降り、観客席の向こう側にある大扉へ向かって走り出した。 「待って、叢雲さん。話を聴いて! ちょっと、下ろしてください!!」と日向は手足をばたつかせるが、朔夜はそんな抵抗を物ともしない。 「気を付けねえと舌を嚙むぞ? 精神世界(ここ)での感覚は現実(リアル)と変わらねえからな!」 「そんなことは、知っています! それよりも、僕は、ここから帰りませんからね! この機会を逃したら、【亡霊】を鎮められなくなってしまいます!」  大声で日向が喚けば、朔夜は「馬鹿野郎!」と怒鳴る。 「なっ!? 僕は、馬鹿じゃありません!」と日向は顔を真っ赤にする。  そんな日向に向かって朔夜は、「いいや、おまえはマジもんの馬鹿野郎だ!」と言い放つ。 「おまえには、俺なんかよりももっと大切にしなきゃいけねえ婚約者(やつ)がいるだろうが! そいつを悲しませるようなことはするな!!」 「今回の件は、彼も了承済みです! 彼だって、あなたが【亡霊】から解放されることを、なによりも願っています!!」 「嘘つけ! ()()()鹿()が、わざわざおまえを危険に晒すような真似をするわけがねえ!! どうせ詳しいことは何も伝えずに、あれこれ言ってはぐらかして、無理矢理黙らせてきたんだろ!?」 「それは、その……」と日向は、歯切れの悪い返事をする。 「やっぱり、そうじゃねえかよ。長年一緒にいたんだ。おまえの考えそうなことくらい、わかる。兎卯子や、おふくろに助けを求められたからって、適当にメモ書きだけ置いて家を飛び出してきたんだろ!? 違うか?」

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