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第7章 絶望と希望の二律背反9

 とうとう朔夜は、壁に額を付け、男泣きをする。ずるずると腰を落とし、口元に手を当て、声を押し殺しながら泣いた。  そんな朔夜の悲痛な姿を目にして、日向の心は締めつけられるような思いがした。彼の隣で膝を折って、背中を丸め、小刻みに震えている朔夜の背中を、撫でさする。 「お願いですから、そんなことを言わないで。僕は、あなたと出会えたことを後悔していませんよ。そのようなことを言われたら、どう反応したらいいのか、わからなくなってしまいます」 「……ごめん……急に。情緒不安定だな、俺!」  わざとらしく明るい口調で言い、朔夜はゆっくりとした動作で立ち上がった。日向の手が離れると頬を指先で掻き、「久々に会ったのに、泣いているところを見せちまって悪いな!」と恥ずかしそうに苦笑する。 「ほんっと、ガキの頃から変わってねえよな!? おまえを困らせることについては、天下一品かもしれねえぞ、俺!」 「いえ、そのようなことは、」 「一度だって思ったことはありませんよ」と日向が言おうとするものの朔夜は、あえて日向の話を遮った。 「俺は、おまえの幸せを壊すことしかできなかった迷惑千万な魂の番(おとこ)だ。そんなどうしようもねえ(アルファ)に、情けなんかかけるなよ」  朔夜の言葉を耳にすればするほど、ズキズキと胸が痛み、悲鳴をあげる。日向は、自分の身体が、針の(むしろ)にされているような心地を覚えた。  こんな最悪な形でも、朔夜と再会を果たせたことを日向は純粋に喜んでいた。もとの関係に戻れないことは、百も承知。ただ、「大好きだった人」の姿を目の当たりにし、言葉を交わせることに、ささやかで小さな幸福を感じていたのだ。  だが、日向は、【亡霊】に操られるがまま、朔夜のことを傷つけた。  ――一度口から出た言葉は取り消せない。  あんなにひどい言葉を口にして、最低な態度をとったのにもかかわらず朔夜が、自分のことを嫌っていないのは、態度でわかる。だが、側にいるだけで、隣りにいるだけで彼に自責の念を抱かせてしまうことも、言葉の端々から読み取れた。  痛みを感じる度合いは人それぞれだ。  同じ怪我を負い、同じ病気を患ったとしても、元通りの生活に戻ることのできる人間、一命を取りとめたものの後遺症を負い苦しむ人間や、そのまま命を落とす人間もいる。  ましてや、心などという目に見えないものであれば、どのような傷を負っているのか、どれほどの痛みを得たのか想像するのが、ますます難しくなる。たとえ、言葉で傷や痛みを訴えたとしても、相手に百パーセント完璧に伝わることはない。

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