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第7章 絶望と希望の二律背反10

 日向にとっては堪えられることが、朔夜にとっては堪えがたいものだった。そして朔夜は、日向が意図的に浴びせた言葉の刃で大きな痛手を負い、その傷は今も完全には癒えていない状態なのだ。  なにしろ、まんまと【亡霊】の策略に(はま)った日向は、朔夜が自分を愛していないから手ひどい仕打ちをしたのだと思い込み、十年以上も謝らずにいた。  ――当然の報い、ですよね。  ふと、子供の頃に朔夜に向かって、「嫌い」と言ってしまったことを、日向は思い出す。  あのときは、すぐに「ごめん」と謝って、朔夜のことを抱きしめたら許してもらえた。  だが、それは遠い昔の話だ。  今となっては、なにをしても、ふたりの溝は埋まらない。それほどに、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。そんな事実をあらためて突き付けられ、日向はの表情は暗く(かげ)りを帯びたものになる。  白いワイシャツの袖で涙を拭いながら、朔夜は言う。 「おまえは俺の恋人じゃねえし、番の契約もしていなければ、友だちでもなんでもねえ。ただの知り合いだからさ、そんな奴なんかのことよりも、もっとおまえの大切な人たちのことを思いやってやれよ。なっ?」  朔夜の悪意なき言葉を耳にして日向は、きゅっと唇を結んだ。表情を朔夜に悟られないように、顔を横に向け、俯く。  そうしているとどこからかまた、【亡霊】の苛立った声が聞こえてくる。 『楽しくおしゃべりとは、ずいぶんなめた真似をしてくれるな、貴様ら!』  思わずふたりは顔を見合わせ、日向の胸元にある指輪へと視線を移した。いつの間にか指輪の光は薄らぎ、消えかけている。  先ほど朔夜が開けた、劇場と廊下を繋ぐ大扉が勢いよく開き、ごうっと爆風が吹きすさぶ。廊下にあった蠟燭の火が一斉に消え、辺りは暗くなる。  ズルズルと地を這いながら、黒坊主が舞台のほうからやってくる。  即座に朔夜は、日向を自分の背に隠し、鋭い目付きで黒坊主のことを睨みつける。 「マジでしつけえな! 日向が何をしたっていうんだよ!? てめえを捨てた奴は、べつの野郎だろーが! 人違いだって、わかれよ! (もう)(ろく)してんじゃねえ!!」 『俺は耄碌などしていない。――まったく小生意気なガキだ。あれだけ目を掛けてやったのに、恩を(あだ)で返すつもりか?』 「『目を掛けた』だぁ? (うそぶ)くな! 俺を利用して、日向やおふくろたちを傷つけさせたのは、てめえだろ!」  朔夜は拳を構え、いつでも黒坊主に立ち向かえるように姿勢をとった。 『馬鹿なこと言うな。俺は、おまえの望みを叶えてやっただけだ』 「望みだと?」

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