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第7章 絶望と希望の二律背反11
『ああ、おまえの中にあった仄暗い望みだ』
黒坊主は、ずるずると身体を引きずって、ふたりの前に現れた。
『おまえをアルファでなく、オメガとして生んだ母親への恨み。おまえをべつの人間の子どもだと誤解した父親への軽蔑。そして、おまえを弟として認めず、おまえが苦しんでいても手を差し伸べなかった兄への嫌悪。本心では、奴らの死を望んでいたんだ。だが、気弱なおまえは、不快な思いをさせた連中に手を出せない。だから、俺がおまえの敵 を討ってやる。あいつらに制裁を下してやろう』
「ただ、てめえが殺してぇだけだろうが! さも俺が、おふくろたちの死を願っているようなことを、言うんじゃねえ!」
『ならばおまえは、あの家族を、一度も憎んだことがないというのか?』
なんともいえない表情をして、朔夜は口を噤んだ。
『日向に対してもそうだ。おまえを最後まで信じず、勝手に誤解し、ひどい言葉で罵り、裏切った奴 に優しくしたい? そんなのは、偏見を持たれないようにするための建前 だ。おまえは、ただ善人ぶりたいだけなんだよ』
今すぐにでも黒坊主に飛びかかり、ろくなことを言わない口を塞いでやりたかった。日向は黙ったままでいる朔夜へと視線を投げかける。てっきり朔夜が、傷付いた表情を浮かべているとばかり思ったが、彼は何かを思案している様子だった。
『アルファであれば、オメガを屈伏させたい、支配したい。力でその身体を、意思を捻じ伏せ、己のものにしたい。番になるとはそういうことだ。『操られていた』なんて、言い訳はよせ。日向に見せたあの姿――凶暴性こそが、おまえの本性。おまえが、日向にしたいと思っていたことを、俺は体現してやったんだ。むしろ感謝されたいくらいだな』
「あなたねえ、そうやって適当なことを……!」
声を荒げ、【亡霊】のもとへ向かおうとする日向を、腕で遮り、「下がっていろ」と朔夜は小声で伝える。
『あの男 に日向 を掠め取られるのは不愉快だろう? おまえひとりでは、なにもできない。だから俺が力を貸してやる。さあ、俺のもとへ戻れ。そうすれば、おまえの望みは俺が叶えてやる。以前のように苦しむ必要』
「……そうだな。てめえの言う通りだ」
朔夜の発言に日向はぎょっとし、黒坊主は感嘆の声をあげる。
「家族を憎んだことがねえと言えば、嘘になる。てめえに記憶を弄られて、なにも知らねえで俺を罵倒する日向のことを、ズタズタにして、傷つけたいと思ったこともあるよ。いや、事実――俺の苦しみを、悲しみを日向にぶつけた」
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