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第7章 絶望と希望の二律背反12

 日向は、朔夜の言っていることがなにか思い当たると、頬を赤らめ、気まずげな様子で横を向いた。  黒坊主は「そうだろう、朔夜。さあ、こっちへ来い」と赤ん坊を呼ぶような声音で言う。  だが、悪役さながらの人の悪い笑みを浮かべて朔夜は、「けどな、」と言い、黒坊主の頭部目掛けて上段蹴りを食らわせた。 「それでも、俺はてめえとは違う。家族や、大切な人を傷付けたり、死に追いやったりしねえんだよ!」  大人しく朔夜が自分のもとへ戻るつもりがないことを悟った黒坊主は、すぐさま劇場へ逃げようとする。  なんとかしてその場を離れようとして黒坊主は、触手を朔夜に向けて放出する。  だが、朔夜は自分に向かってくる触手の攻撃を(さば)いていく。黒坊主の間合いを詰め、彼の腹部の辺りに拳で渾身の突きを入れる。  黒坊主の身体は、吹き飛び、一階観客席の椅子の上へと落ちていった。 「日向が、てめえみたいなクソ野郎の所有物《つがい》になるだぁ? 考えただけで虫酸が走るぜ! んなもん、不愉快極まりねえわ!!」 『ぐっ、朔夜……貴様あああぁっ!』 「たしかに暁は、魂の番がいるオメガを好きになった、ただの一般人(ベータ)だ。大馬鹿野郎だよ! けどなあ、あいつは、俺やおまえじゃ、絶対にできねえことができる」  腕をあげ、人差し指で上空をさすと天井からピアノ線が降りてきて黒坊主の身体を捕らえ、宙へ浮かばせる。すかさず黒坊主は触手を朔夜に向けようとするが、逆に触手は黒坊主の身体を縛りあげてしまう。  明らかに黒坊主は狼狽した様子で『なんだこれは!?』と喚き散らす。 「あいつは、日向を幸せにすることも、笑顔にすることもできる。無様だろうとなんだろうと最後まで運命に抗って、もがき続ける暁のほうが、てめえなんかよりも百倍ましだ!」  黒坊主は宙吊り状態となり、朔夜のことを罵ろうとしたが、触手の猿ぐつわのせいで、まともにしゃべれなくなってしまう。何事かもごもご言って、身体を振り子時計の振り子のように揺らしていた。ふたたび廊下の蠟燭がすべてつくと、黒坊主は『眩しい』と呻き声をあげ、苦しんだ。  一連の過程を眺め、あっけにとられていた日向は、はっと意識を取り戻すと朔夜に駆け寄った。 「叢雲さん、お怪我は? どこか痛むところはありませんか!?」 「ああ、大丈夫だ。ガキのころみたいな、むちゃはしてねえからさ」 「よかった……無事でなによりです」 「それよりさ、手、出してくれねえか?」  クエスチョンマークを浮かべながら日向は、両の手の平を朔夜に向けて出す。

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