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第3章 桃20

「さくちゃん!」  日向だ。  反射的に朔夜は自分の頰を抓った。  痛い。夢じゃない。  朔夜は頬から手を離し、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。 「何をしているの? ほっぺが痛くなっちゃうよ」と日向は、朔夜が先ほどつねっていたほうの頬を人差し指で、ツンツンとつつく。  妄想の産物ではなく、本物の日向が目の前にいることに、朔夜はびっくりしていたのだ。 「具合はどう? まだつらい?」  手に持っていた紙袋をベッドの横にある丸椅子に置くと日向は、無言状態でいる朔夜の傍らに立つ。朔夜の額と自分の額に手を当てる。 「お熱はないみたいだね」と日向は首を縦に振ると、手を離した。 「おまえ……どうして、ここにいるんだよ? 他の奴らとプールへ遊びに行ったんじゃないのか?」 「さくちゃんがこんな状態なんだもん。行けないよ。朝、さくちゃんのお母さんから電話があって、さくちゃんがプールに来られないってお話を聞いたの。お母さんが『朔夜くん、具合が悪くなって入院してるみたいよ』なんて言うから僕、居ても立っても居られなくて、ここまで連れて来てもらったんだ。でも、よかった……思ったよりも元気そうで!」  日向はお日さまみたいな笑顔で笑った。  夜になると朔夜は退院の許しが出て、家に帰宅した。あんなに具合が悪かったのが嘘みたいに、彼はピンピンしていた。  ただ、その頃になると朔夜は――黒いのっぺらぼうや満月と出会ったことを一切合切忘れてしまった。それどころか「桃をすべて食べたのは自分だ」と言いだして、マグカップを割ってしまったことを黙っていたこと、真弓に怒られるのが怖くなって押入れに隠れたこと、そして――()()()()()()()を、家族に謝ったのだ。

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