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第8章 命を賭けた選択1
満月が現れた。朔夜や日向と同じ、二十代後半の姿で、朔夜とよく似た容姿をしている。黒いタキシードに身を包み、拳銃を手にしていた。彼は朔夜が指し示した出口となる扉を隔てるようにを遮るように立ち、出口へ向かおうとしていた日向の右の太 腿 と右肩を、撃ち抜いた。
利き手と利き足に銃創を負った日向は、ろくに触手を退けることもできず、そのまま満月のもとへ連れて行かれてしまう。
人を見下したような笑みを浮かべて満月は、血を流している日向の身体を触手から受け取り、自らの胸に抱き、朔夜のことを嘲 けり笑う。
「てめえ! なんで……動けねえようにしたはずなのに!?」
「愚かだな、朔夜。おまえが言う『黒坊主』は、俺の影で作り上げたもの。いわば仮の姿だ。あれは本体ではない」
満月の言葉を耳にした朔夜はすかさず大扉の向こう、劇場のほうへと視線を向ける。
――確かに黒坊主は、先ほどと同じように天井から吊るされている状態だった。しかし、その姿は「黒坊主」という名に相応しい丸みを帯びた、黒いてるてる坊主のようなフォルムではなくなっていた。
ただの薄っぺらい黒い布が、天井からぶらさがっているだけ。
黒い布切れを目にした朔夜は、「そんな……」と落胆した声で言い、失意の底に落ちる。
そんな朔夜の様子に、満月は高笑いをする。
慌てて朔夜は、満月のほうへと向き直る。
「もちろん本体は、今、おまえと対峙している【俺】だ。どうだ? 自分に似た容姿をした男が、魂の番であったオメガを、胸に抱く姿を目にするのは?」
「悪趣味だぞ、満月! 今すぐ日向を放せ!!」
「絶対に嫌だ、手放すものか」と満月は、朔夜の叫びをバッサリと切り捨てた。
「なにしろ五十年以上も待ったのだ。日向は俺が目を付けた獲物 。もとより、おまえのものではない。……それにしても残念だったな、朔夜。せっかく、かっこいい姿を日向 に見せようとして、失敗した。その結果、ひどい醜態を晒 す羽目になるとはな」
「っ!」
「……醜態なんかじゃない」
全身に脂汗をかきながら日向は、蚊の泣くような小さな声で、満月の言葉を否定する。
「さくちゃんを……馬鹿にするな……」
「おまえは黙っていろ」
ぱっと満月は日向の身体から両手を離す。
しかし、日向は、床に身体を打ち付けなかった。いつの間にか、彼の身体には黒い糸が絡みついていた。天井から伸びている黒い糸は日向の体を無理矢理起こし、足が空中に浮いたままの状態で、立っている体勢をとらせる。
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