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第8章 命を賭けた選択5*
そんな日向の様子を黙って見ていた満月は、首に当てていたナイフを今度は、日向の右手の甲に目掛けて振りかざす。
「わかった、おまえの望みを叶えてやる! 要求通りにする!!」
大声で朔夜が宣言すると満月は、ピタリと手を止める。すんでのところで日向は、手にナイフを突き刺されずに済んだ。
「どうして……?」と泣きそうな声で日向は、朔夜に問いかけた。
緩く頭 を振ってから、朔夜は「できるわけがねえよ」と呻くような声で日向の問いかけに答える。
「たとえ罠だとしてもさ、おまえを撃つなんて……日向に銃を向けるなんてこと、俺には、できねえよ……」
朔夜は、銃の向きを自分のほうへ変えると銃口の先を、己の胸へ押し付ける。
「最後まで守れなくて、ごめん。……許してくれ」
銃声が響き、ついで銃口から硝煙が立ち上る。ガシャン! と音を立てて拳銃が、床へ落ちる。
まるでスローモーションの映像でも見るように、朔夜の身体が後ろへゆっくり傾き、床に倒れ込むのを日向は目にした。
「さくちゃん……?」
朔夜は、日向の声に呼びかけに答えなかった。
目を見開いたままの状態で、口からは血を流し、指一本動かさない。白いワイシャツの胸元は、薔 薇 の花でも咲いたかのように、血で赤く染まっている。
朔夜の血が、どんどん廊下の床の上に、広がっていく。
黒い糸の拘束が緩まり、糸が取れ、日向は地面に身体を強く打ち付けた。
「……嘘……嘘、だよね? やだ……駄目、駄目だよ!」
今にも泣き出しそうな声だった。
自分が怪我をしていることも忘れて日向は、朔夜のもとへ駆け寄る。
だらりと力の抜けた朔夜の手首を取ってみるが、脈はない。口元へ耳を寄せてみるものの呼吸が感じられない。
――世界から叢雲朔夜という人間が失われる。それは、日向にとって許しがたいことだった。許せない事実だった。
奇跡的に朔夜が息を吹き返すことを願い、いるかどうかもわからない神に「助けてください」と祈りながら日向は、朔夜の胸の中央に交差した両の手を置き、心臓マッサージを始める。肩と足を怪我しているせいで、うまくできない。日向は泣きそうな顔をしながら、心臓マッサージを続け、朔夜の顔を見つめた。
「なーんて、な! どうだ、びっくりしたか!? じつはこれ、血に見えるけど、トマトケチャップ。口には血 糊 を付けたんだぜ! って……日向。おい、そんなに怒るなよ!?」と笑う朔夜の姿を、頭の中で描く。
「……ドッキリでもなんでもいい……絶対に怒らないって約束する。だから……起きて! 今すぐ起きてよ……! ねえ、こんな最低な冗談……やめて。あんまりだよ、さくちゃん。……お願いだから……僕のことを呼んで……。日向って呼んでよ……ねえ!!」
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