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第8章 命を賭けた選択6

 しかし、朔夜の瞳に光は宿らない。急速に体温が失われていき、身体が少しずつ硬直していく。  諦めの悪い日向は、なおも心臓マッサージを続けていた。頭の中でAEDを思い浮かべるが、目の前には出てこない。  そうこうしているうちに、満月は黒い触手を操り、朔夜の身体を日向の手から乱暴に奪い取った。そして、すでに事切れている朔夜の身体を、まるで汚物のように扱う。「ああ、嫌だ。臭い! 死の臭いがする!」と鼻を手で覆い、物を投げ捨てるかのように、朔夜の身体を舞台の上に向かって投げる。  表情の抜け落ちた顔で、日向は、満月の一連の動きを眺めていた。 「じつに無様かつ滑稽な最期だったなあ。まったく朔夜は、見ていて飽きない。一番お気に入りのおもちゃだったが、まさか自殺するとはな。残念だ」 「おもちゃ……?」  日向は、【亡霊】の言葉を(はん)(すう)した。 「俺の手で優しく葬ってやるつもりだったんだが……まあ、仕方ない。余計な手間が省けたと考えよう。たとえ精神的な死を迎えたとしても、人形として傍に置いてやるつもりだったのに。まあ、それも奴の肉体が腐るまでの短期間の話だが。――馬鹿な奴だ」 「その言葉……撤回しろ」  素早く刀を鞘から抜き、日向は満月に斬りかかった。  あともう少し、ほんの一センチメートルで満月の首を落とせるというところで、触手たちによって攻撃を阻まれてしまう。おまけに触手たちの硬度は、先の戦いとは打って変わっていた。黒坊主のときは軟体動物の相手をしているようで、切れ味が抜群だった。今は、まるで鋼鉄でできた無機物を相手しているかのようで、まったく刃が立たない。それどころかヒムカから受け継いだ刀のほうが刃こぼれし、折れそうな勢いだ。  それでも日向は止まらない。止まれない。朔夜を失ったという現実に、理性をなくし、怒りに飲まれてしまう。 「おいおい、何をそんなに怒っている? 朔夜が死んだのが、そんなに悲しいのか? そんなわけがないよな。だって、おまえが願ったんだ。朔夜に犯され、弄ばれ、殺されかけたと勝手に()()()をして、朔夜に『死んでくれ』と告げ、死を望んだのは誰だ? ――おまえだろう?」 「黙れっ!! ……さくちゃんは、おまえの人形なんかじゃない!!」  頭に血が上った日向は、当てずっぽうに刀を振り回し、「返せ……返せよ!! さくちゃんを返せ!!」と喉が潰れ、枯れてしまうのも構わずに、声を張り上げる。  しかし、満月は黒坊主だったときとは異なり、日向の太刀筋を読み、次々と躱していく。  深手を負った状態で暴れた結果、日向の体力は底をつく。彼が肩で息をし、膝をついた瞬間、満月は影から触手を出して、日向の後頭部を容赦なく殴りつけた。  意識を失った日向は、刀を手放し、地面に突っ伏してしまう。  気を失った日向の身体を横抱きにすると満月は、黒坊主を伴って、舞台のほうへ戻る。  彼が舞台の中央に立つと赤いライトがつき、せりが下がる。それから朔夜と日向、そして満月の姿は完全に見えなくなってしまう。  するすると赤い垂れ幕――(どん)(ちょう)が下がってくる。緞帳が完全に下りると場内のライトがつき、館内は一気に明るくなる。  そして、スピーカーから無慈悲なアナウンスが流れる。 『これにて本公演は、すべて終了いたしました。お帰りの際は、左手出口よりご退場お願いいたします。本日は、ご来場ありがとうございました。道中お気をつけてお帰りください』  舞台の片隅には、日向が身につけていた指輪が落ち、キラキラと輝きを放っていた。

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