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第8章 呪縛にかかりし者1
――ぴちょん、ぴちょん。
滴が天井から床の水溜まりへと落ちていき、波紋を作る。薄暗いトンネルのような作りをした地下迷宮を、急ぎ足で満月は歩いていた。壁にある蝋燭の明かりを頼りに、じめじめしとた石造りの廊下を進む。まるで死人のようにぐったりとして、身動きひとつしない日向を横抱きにし、運んでいた。満月は、劇場にいたときと同じで黒いタキシードを身に纏っていた。
一方日向は、朔夜が着せてくれたコートの上着を一枚身に纏っているだけの状態から、満月が纏う黒のタキシードと対になる白いタキシードへと着替えさせられている。顔には白いレースのベールがかけられていて花嫁のような格好だ。頬に血色はなく、唇は青紫色になっている。
満月の影である黒坊主は、満月の後ろを這っていく。触手を操り、朔夜の足を摑んで引きずっている。満月に声を掛け、朔夜の死体をどのように処分するのかを尋ねる。
「そいつは霊安室の棺の中にでも入れておけ」
黒坊主はこくりと頷き、地下へと続く階段を降りていった。
満月は黒坊主がいなくなったあとも歩き続け、しばらくするといかにも重そうな鉄の扉が現れる。まるで自動ドアのようにセンサーでもついているのか、勝手に開き、満月は扉を潜った。
近世ヨーロッパの王族や、貴族が使っていたような豪勢な部屋だった。大きさや色も、形もさまざまなランプが床や天井を飾り、幻想的な雰囲気を醸し出している。部屋の真ん中には、天蓋つきのベッドがあった。
満月は慎重な手付きで二 十 八 歳 の日向をベッドの上へ寝かせる。
それからベッドの端に腰掛けて腕を組み、長い足を組んだ状態で目をつぶった。まるで居眠りでもしているような格好をして、現実の世界の出来事を垣間見る。
朔夜と日向は病室のベッドに横たわり、眠っていた。点滴やら管で繋がれ、周りにはよくわからない機械が山ほどある。
女の看護師は、朔夜のバイタルに異常が発生したのを目にし、血相を変えた。
慌ただしく男の医師がやってきて、なにか指示を出し、看護師に薬やら医療器具を取ってこさせようとしている。
ザアザアとひどい音がする。窓から見える景色は灰色一色に染まっている。どうやら向こうでは、まだ雨が降っているらしい。
そこで満月は目を開けて息をついた。
過労状態の朔夜を盾にしてみたもののまさか日向があれほどすんなりと言うことを聞くとは、思っていなかった。自ら病院までやってきて、忘却のレテを使用したことは満月にとっても、想定外のことだった。
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