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第8章 呪縛にかかりし者2
――「忘却のレテ」は、ギリシャ神話に出てくる冥府に流れる川の名前から名付けられた。死者で転生することを許された者は、この川の水に身を浸し、生前の記憶を忘れると言われている。
この薬は、当初、不本意な番契約をしてしまったオメガのために作られた。
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オメガは、発情期の最中に性交を行い、アルファに項を嚙まれることで番となる。逆を言えば――発情期中にアルファに項を嚙まれてしまったら、どんなにそのアルファを嫌い、憎んでいたとしても、項を嚙んだアルファの番にならざるを得ないということだ。
ベータの男女の離婚のように番の契約を破棄すればいいじゃないか、と思うだろうが話はそう簡単なものではない。
基 本 的 に、人間のアルファとオメガは一生に一度しか、番を作らない。番となったアルファとオメガはともに生き、死を迎える。項を嚙まれたオメガの生殺与奪権は、項を嚙んだアルファが握ることになる。
番ができたオメガは、発情期になっても番になったアルファ以外のアルファに欲情しないし、番であるアルファ以外のアルファも番持ちのオメガに発情しない。
では、番の解消をされたオメガはどうなるだろう?
オメガの発情期は、女の月経と同じように五十代前後まで定期的に起こるものだ。アルファがいない状態で発情期が起こると、身体はかつての番だったアルファを求め、満たされたいと渇望する。しかし、番契約が解消された後に発情期が起きたオメガのフェロモンを感じられるのは、かつて番だったアルファしかいない。
ちなみにアルファは、オメガとの番を解消した後も、べつのオメガと番になることができる。ベータ間の結婚のように離婚をしてもまた、べつの人間と再婚することが可能である。
だが、オメガは一度誰かと番ってしまったら最後、次はない。番を解消してべつのアルファと番うことはできないのだ。
たとえ発情期の事故により、たまたま近くにいたアルファに項を嚙まれてしまえば、その人間の番となる以外にない。ほかに愛する人がいても、番となる約束をしていた魂の番であるアルファがいたとしても、その決定事項は覆せない。
おまけに生殺与奪の権利は、番を解消したあとも番だったアルファが握ることになる。オメガが番だったアルファから取り返すことはできない。いや、アルファがオメガに返したいと思っても、返せるものではないのだ。
結果、番を解消されたオメガは、重い病に冒されたかのように悶え苦しむのだ。
一般的に妊娠を望まないオメガは、発情期の最中に抑制剤を飲むことを、国や医療機関から奨励されている。
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