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第8章 呪縛にかかりし者3

 ベータの男女間でもそうだが、セーフティセックスをしていても完全に避妊できるわけではない。避妊をしていたのに、望まぬ妊娠をして母胎に命が宿るというケースもある。  ましてやアルファとオメガは発情期になると理性を失い、動物的本能のままに互いを求める状態になる。抑制剤で理性を繋いでおかなければ、十中八九避妊をしない状態で長時間――ときには日をまたぎ、日数をかけての性交を行う。  そして、ほぼ確実にオメガは妊娠することになる。  番を解消されたオメガは、発情期の最中に抑制剤と解熱鎮痛薬を限界値まで使用しなくてはならない。もしも、抑制剤と解熱鎮痛薬を服用しなかった場合は、発情と痛みと飢餓感によって最低限の生活を送ることもままならず、衰弱死することになる。抑制剤や解熱鎮痛薬を使用していても「アルファに捨てられた」という意識が強すぎるあまり、精神を病んで、天寿をまっとうする前に若くして亡くなってしてしまうケースも多い。  一般的には、双方の合意のもとで番契約が成立する事例が多いものの強引にアルファの番にされてしまうケースがないわけではない。  中には、オメガを番にすることを一種のゲームや自身の力の誇示、(くん)(しょう)のように思うアルファたちがいる。  一方的にオメガを犯し、番にしたうえで番の契約を解消し、オメガが命を落とすまでの過程をビデオ撮影をして楽しむ。性的倒錯者のアルファたちによる連続オメガ殺害事件という(むご)い出来事がアメリカのニューヨークで起き、世界を震撼させた。  事故や事件に巻き込まれ、望まぬ番契約が成立してしまったオメガたちのために作られた薬品が、忘却のレテだった。効能は、番契約のリセット。忘却のレテは現段階では、オメガの身体を番の契約をする前の状態へ戻すことができる唯一の手段だった。  アルファに項を嚙まれるとオメガの首の後ろには、歯形がつく。それは傷跡のように残り、オメガが死を迎えるそのときまで消えることがない。皮膚科や美容外科でどのような治療を試みても、絶対に肌に跡が残るのだ(美容に気を遣う女のオメガたちにとってはとてつもないコンプレックスであり、芸能界といった身体を資本とする業界に身を置いている者たちにとっては死活問題であり、不安の種となっていた)。そんな項の嚙み跡も忘却のレテを二十四時間、点滴をすることで綺麗になくなる。  番契約が成立してから四十八時間以内に忘却のレテを打ち始めれば、百パーセントの確率で不本意な妊娠を回避でき、アフターピル以上の効力がある。また、番にされたときの記憶や怪我も綺麗になくなるので、精神を病むことや怪我の後遺症に悩まされることもない。

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