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第9章 一本勝負2
「ずいぶんな言い草じゃないか、光輝。勝負ごとに手を抜くなんて、あり得ねえ。相手に失礼だ」
「へえ……だから王 様 である朔夜は、ぼくみたいな一介のベータにも、手を抜かないでいてくれたんだな。それは、それは恐悦至極にございます」と光輝は皮肉たっぷりに口を開いた。
お供のふたりはオロオロしながら光輝と朔夜の顔を交互に見る。
朔夜は光輝の近くまで行き、冷ややかな目つきで光輝のことを見下した。
「そもそも、この試合は成績に直結するものだ。まじめなやつなら少しでも内申点を上げるために努力する。まあ、父親やじいさんの金で、どんな高校にも行けるようなやつには理解できねえだろうけどな」
「なんだよ、それ。ぼくにケンカを売ってるのか?」
不機嫌そうな様子で光輝は口元をひくつかせる。
するとお供のふたりも顔を真っ赤にして「なんだよ、叢 雲 ! そういう言い方はないだろ!?」「そうだ、そうだ! こうちゃんに謝れよ!」と口々に言う。
しかし、そんな彼らに対して朔夜は冷笑を浮かべた。
「べつに。ケンカを売ってるわけじゃねえよ。おまえらが勝手にケンカを売られたと被害妄想してるだけだろ」
朔夜の言葉が、癇 に障った光輝は「なんだと!?」とドスのきいた声を出し、朔夜の胸ぐらを掴もうとする。
「まあまあ、まあまあ!」
その場にそぐわない脳天気な口調でしゃべりながら衛は、一触即発な雰囲気を和ませようと、朔夜と光輝の間に立った。
「勝負はもう、ついたんだ。第一これは、体育の授業でやっている剣道の試合だ。殴り合いでもしようものなら先生に怒られるぞ」
そう言って衛は朔夜の肩を抱き、光輝に対して敵対心を剥き出しにしている朔夜へ、こっそり耳打ちする。
「叢雲、おまえがまじめな男なのはわかるが、いくらなんでもその言い方はないぞ。無益な争いを起こして、どうする?」
グッと朔夜は喉元まで出かかった言葉を堪え、苦虫を噛み潰したような顔をした。
衛は、朔夜の肩に回していた腕をどけると、おもしろくなさそうにしている光輝のほうへ顔を向ける。
光輝のお供は衛のことをじっと見据えて、彼が次にどんな態度をとるのか、様子を窺っている。
フンと鼻を鳴らした光輝は「なんだよ? 王様の近衛隊長殿が、ぼくのような下 賤 な者に何か、ご用ですか?」
「おいおい、そんな言い方をしないでくれよ。今のは叢雲が悪かった。オレも一緒に謝るから許してくれよ。ごめん」
そうして衛は隣にいる朔夜の腕をひじで小突く。
不本意極まりないという表情のまま、「……悪かったな」とぶっきらぼうな口調で朔夜は、光輝に対して謝った。
そんな朔夜の様子に衛は苦笑いをして、光輝のお供たちは不服そうな顔のまま黙り込んだ。
光輝は大きく舌打ちをして、「わかったよ、許してやる」と不遜な態度で謝罪を受け入れる。「ぼくだって、こんなバカみたいなことで騒ぎを大きくしたくないからね」
「助かるぜ」
にっと男らしく誠実そうな笑みを衛は浮かべた。
「オレは、日ノ目のこともすげえと思ってるぞ」
「ご機嫌取りのために、お世辞なんか言わなくていいよ。そんなこと言われても、いい気分はしないし」
「お世辞じゃねえ、本当だ」と衛は答えた。「何しろ、この授業、サボっているやつや最初からやる気のねえやつもいるからな。見直したぜ」
意外な言葉を衛から掛けられた光輝は、酸っぱいものでも口に含んだような顔をして、そっぽを向く。
「べつに……たださ、」と、どこか残念そうな声でボソボソとしゃべる。「王様に勝って、あの王子様気取りのオメガと一戦交えたかったんだよ。どうして、あいつはオメガなのにあんなにも強いのか、どれだけあいつはベータの男とやり合えるのかを自分で確かめたかった。それだけだよ」
朔夜は、光輝が純粋無垢な幼い子どものような顔つきをして、つぶやく姿をちらっと目にした。が、興味なさそうな様子で、ひとり、一階へと続く階段を降りて、その場を後にする。
「そうか。で、最後まで試合は見ていくのか?」
衛に声を掛けられると「もちろんだよ!」とパイプ椅子に腰かけた。「あの王子様もどきが、どこまでやれるか見届けてやる。でも、ゴリラ女と王子様のどちらが勝つにせよ、最後に勝つのは我らが王様だろうけどね」
「案外、そうじゃないかもしれないぞ」
衛は、おどけた調子で言った。
「ちょっち、衛! こっち来てくんねえかな!?」と穣が衛の手首を取り、光輝から離れた場所へ引きずっていく。
「おまえ、何考えてるんだよ!? 相手はあの極悪非道な日ノ目太 陽 の息子だぞ!」
「極悪非道って、すごい言い方だな」
「おまえは、途中から町にやってきた人間だから、実感が湧かねえのかもしれねえけど、光輝のせいで何人もの人間がいじめられてきたんだ。 そんなやつと仲よくする必要なんてねえよ!」
「んー……おまえの言いたいことわかるぞ。日ノ目のよくない噂は叢雲や、絹香、碓 氷 からもよく聞いてるし、この目で見てきたからな」
「だったら!」と穣が言い募ると衛は首の後ろを掻き、「けどさ、」と不満そうな声を出す。「あいつだって大人に近づいてきて、誰かをいじめることも少なくなったんだ。何より、叢雲と碓氷が目を光らせてる。もちろん、俺と絹香もな」
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