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第9章 一本勝負4

 意外な言葉を衛からかけられた光輝は、酸っぱいものでも口に含んだような顔をしてそっぽを向く。「べつに……たださ、」とどこか残念そうな声でしゃべる。 「王さまに勝って、あの王子さま気取りのオメガと一戦交えたかったんだ。どれだけあいつが強いのか、知りたかった。それだけの理由だよ」  朔夜は、光輝がまるで純粋無垢な幼い子供のような顔つきをしているのをちらっと目にすると、ひとり一階へ続く階段を降りていった。 「そうか。で、最後まで試合は見ていくのか?」 「もちろん! あの王子さまもどきが、どこまでやれるか見届けるよ。でも、ゴリラ女と王子さまのどちらが勝つにせよ、最後に勝つのは――我らが王さまだろうね」 「案外、そうじゃないかもしれないぞ」と衛は口元に笑みを浮かべた。 「ちょっち、衛! こっち来てくんねえかな!?」と穣は衛の手首を取り、光輝から離れた場所へと引きずっていく。 「おまえ、なにを考えているんだよ!? 相手はあの極悪非道の日ノ目(たい)(よう)の息子・光輝だぞ!」 「極悪非道って、すごい言い方だな!? 犯罪者みたいな言い方だ!」 「茶化すなよ! 似たようなもんだ! おまえは、途中から町にやってきた奴だから、わかんねえんだよ。光輝のせいで何人もの人間がいじめられて、泣かされ、泣き寝入りをしているんだぞ! なんで、そんな奴としゃべるんだよ?」 「んー……確かにな。日ノ目のよくない噂は叢雲や、絹香、碓氷からもよく聞いているぞ」 「だったら!」と穣が言い募ると衛は首の後ろを爪の先で掻き、「けどさ、」と不満そうな声を出す。 「あいつだって大人に近づいてきて、誰かをいじめることも少なくなった。なにより、叢雲と碓氷がそんなことをさせないように、目を光らせている。もちろん、俺と絹香もだ」 「そりゃあ……おまえらの働きぶりはすげえと思う。そのおかげでみんなが過ごしやすくなった。光輝たちや、取り巻きもだいぶ大人しくなったよ……」 「あいつらが改心したとはオレだって思っていない。だからってそれを理由にして、奴らのことを爪弾きにするのは、なんか違くねえか? いじめられたからって、いじめ返すのかよ。おかしいだろ。“過去のことは水に流す”。“人にされて嫌なことは人にしない”」 「そりゃあ、筋は通っているよ。でもな……」 「だったら、それでいいじゃねえか。誰かが負の連鎖を断ち切らねえ限り、延々と似たようなことが繰り返されるだけだろ」  穣は衛の言葉に困り果てた。返す言葉もなくなり、当惑する。

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