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第9章 一本勝負5

 ふたりが内緒話をしていると光輝が「おまえら、聞こえているぞ。人の陰口を言うんだったら、本人のいないところででコソコソ言ってくれないかなあ?」と嫌味を口にする。 「悪い。わざとじゃないんだ。嫌な思いをさせたな」 「衛!」と穣は、大声で衛の名前を呼び、慌てて衛の口を塞いだ。  そこへ「キャアアアッ!」と心や女子生徒らの歓声があがり、衛も、穣も、そして光輝も階下へと目をやった。 「すごい、すごいわ……ひなちゃん、カッコイイ!! 洋子ちゃん! 鍛冶くんを今すぐ起こして!?」 「はーい。まっかせてー!」と洋子は返事をし、どこからともなくお盆を取り出す。お盆に入れられた水に手を浸し、「えいっ!」と指についた水を鍛冶の顔へかける。 「ギャアッ! 冷たい!!」と途端に鍛冶は飛び起きる。 「ようやく起きたのか……今、ちょうど試合が佳境に入ったところだぞ?」  呆れ顔をした疾風が試合の状況を鍛冶に伝えると、鍛冶は柵から身を乗り出し、日向の姿を食い入るように見つめた。  あれほど優勢だった絹香が防戦一方となり、日向は着実に絹香を追い詰めていく。  そうして絹香の集中力が切れた隙を見て、恐ろしいスピードで面を打つ。  絹香も、試合を見ていた生徒たちも一瞬、なにがあったのかわからず呆然とし、言葉を失った。  しかし体育教師は旗をパッと上に上げ、嬉しそうな声で「一本!」と叫ぶ。  生徒たちは興奮した様子で、ふたりに称賛の声を贈った。  日向と絹香は互いに礼をし、試合を終えた。  体育教師の(おお)(ばやし)は日向に声を掛け、五分間の休憩の後、最終戦を始めることを告げた。  相手は朔夜だ。  日向は面を取り、ふっと息をつく。どこからか視線を感じ、一階の舞台上で胡座をかいている男たちへと目線をやる。  ――マジですげえな。碓氷の奴……あれでオメガってありかよ?  ――ありなんだよな。だから、ついたあだ名が『王子さま』。女みたいな容姿をしてっけど、中身も、やることもまさしく紳士! 弱きを助け、強きを砕くってな。  ――ほんと、驚きだよな。ギャップありすぎだろ……つーか、オメガなのにあいつ、女子からモテているんだぜ!? この間も一年に告られているのを見かけたぞ。ベータの子!  ――はあ!? オメガなのに、女子からモテているとか、なんだよ、それ!?   ――オメガの男ってアルファの男から人気があるんだろ? いちいちベータの女子を取っていくなよな……。  ――男女両方から人気とか、選り取り見取りだな。てかさあ、いくら絹香が女だっつってもアルファだぜ。普通はオメガの男に負けねえよな?

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