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第9章 一本勝負7
――朔夜が病気で幼稚園を休んでいると光輝たちは、日向や鍛冶、年下の子供たちのことをいじめた。
そこへ枝や箒 を手にした絹香がやってくる。手に持ったものを振り回して、光輝たちを追い払ってくれたことを、日向は思い出していた(もちろん絹香は幼稚園の先生から「そんな危ないことをしちゃ駄目でしょ‼」と毎度怒られていた)。
思い出し笑いをしていると絹香が「やあね、なんか変なことでも考えている?」と訊いてくるので、首を横に振る。
「ここまで剣道をやり続けたのも、稽古を頑張ってきたのも、ひなちゃんの意思よ。今日、負けちゃったのはちょっと悔しいけど。でも、さすがだわ。すっごく強くなって、見違えたわ」
「そう言ってもらえると嬉しい。僕も自分の課題が見えたし、まだまだ修練が足りないなって思うところもあるから、磨きをかけていきたいんだ。また、手合わせ願えるかな?」
「もちろん。いくらでも付き合うし、こちらからもお願いしたいくらいだわ。今度は負けないからね」
「うん、またよろしくね」
ふたりは手と手を取り合って、握手を交わした。手を離すと絹香は自分の腰に手を当て「あーあ。昔はあたしとさあちゃんで守っていたのに……もう、いじめられっ子のひなちゃんじゃないのね」とニンマリ笑う。
すると日向は、顔を真っ赤にして絹香の手を引っ張り、頭をブンブン横に振る。
「もう、絹香ちゃんってば! その話はやめてよ。恥ずかしいから!」
「あら、そう?」
小悪魔のような笑みを絹香は浮かべる。
そこへ菖蒲がふたりの間に割り込み、ブーイングをあげる。
「ずるい! なんの話だか、ちんぷんかんぷんです。私にもわかるように、話してください!」
「仕方ないわね」と絹香は菖蒲の耳に手を当てる。
「じつは、ひなちゃんは……」
すると日向は両腕を大きく振って、わあわあ騒いだ。
そのせいで菖蒲は、絹香の話をよく聞き取れず、頬に人差し指を当てて首を傾げた。
絹香は不服そうな様子で「なによ、ひなちゃん。うるさいわね」と日向に対して、ぼやく。
「いや、『うるさいわね』じゃないよね!」
「しょうがないわね。菖蒲、昼休みにでも話の続きをしたげるわ」
「きゃあ、蛇 崩 さん、ありがとうございます。太っ腹ー!」と菖蒲は、絹香の腕に抱き着いた。
「えっ、僕の意思は無視? 結局話すの?」と日向がツッコミをしていると、朔夜がやってくる。
「おい、いつまで駄 弁 って(=ぺちゃくちゃしゃべって)いるんだよ? 休憩時間は終わりだ。日向、こっちに来いよ」
「さくちゃん!」
日向は破顔し、朔夜のもとへ駆け寄った。「頑張ってね」と応援してくれる絹香と菖蒲に手を振って、朔夜とともに大林の待っているところまで歩いていく。
「やっぱり最後は、さくちゃんとなんだね。絹香ちゃんと試合できたのは嬉しいけど、さくちゃんと光輝くんの試合、見逃しちゃった。ちょっと残念かも」
隣を歩いている朔夜の小指に、自身の小指を絡ませ、ちらと朔夜の顔を覗 き見る。朔夜は嫌がったりせず、むしろキュッと絡ませた小指を繋いでくれたので、日向は頬を緩めた。
ポーカーフェイスを維持している咲夜の耳は赤くなっていた。
「剣道を習っているおまえが、上の順位に行くのはわかっていた。まさか俺も、ここまで善戦するとは思わなかったよ」
「そう? 僕は、さくちゃんと試合をすることになるって思っていたし、信じていたよ」
そこで、日向と朔夜は繋いでいた小指をどちらからともなく離し、面をつけ、試合の準備に取りかかった。
生徒たちは自然と口を閉ざし、静かに日向と朔夜に目を向けていた。
「構え――始め!」
そうして教師の言葉を合図に、日向は竹刀を朔夜に向かって、振りかぶったのだった。
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