＊ 「待って。ねえ、待ってよ……さくちゃん！」 　日向は、朔夜のあとを追いかけた。 　全力で剣道のテストに臨んだからクタクタに疲れていたし、お腹もペコペコに空いている。 　他の生徒たちは、次の時間は理科で理科室へ移動しなくてはいけないし、「全身汗だくで暑い！」と、更衣室へ向かってしまった。皆、朔夜と日向の試合が終わるやいなや、我先にと争うようにして体育館から出ていったのである。 　しかし朔夜は、道着を着たままの状態で更衣室ではなく、別棟へ向かっていた。 「もう、待ってってば！」と日向は、朔夜の男らしく骨ばった手首を摑んだ。 　昔のように少し走っただけで息があがることも、「置いていかないで」と泣きつくこともなくなった日向へと朔夜は目を向ける。 「なんだよ？」 「ねえ、なにを怒っているの？　僕、さくちゃんの気に障るようなことをした？」 　そっぽを向きながら朔夜は、ぶっきらぼうな口調で「べつに怒ってなんかいねえよ」と答える。 　だが、日向は「怒っているでしょ？」と朔夜の言葉を否定した。 　すると朔夜は唇を尖らせ、「嘘じゃねえよ」と突っぱねる。 　溜め息をこぼしながら日向は、優しい口調で朔夜に話しかけた。 「あのね、さくちゃん。さくちゃんが嘘をつくことはないよ。けどね、言いたいことを我慢したり、言うかどうか迷っているときはあるでしょ。自分では気づいていないみたいだけど、そういうときは決まってバツの悪そうな顔をする。それに後ろめたいって思っていると目が泳ぐの。ちょうど今、そういう顔をしているよ」 　母親の真弓のようなことを日向が言うので、朔夜は渋い顔をして辟易する。心のうちに隠していることを白状しろとせっつかれているようで、居心地が悪くなる。 「悪かったよ」と朔夜が謝ると日向は眉を八の字にする。 「謝ってほしいわけじゃないよ。さくちゃんがなにを言わないようにしているのかを、教えてほしいなって思っただけ。なんだか、つらそうに見えたから」 　日向の言葉を耳にして、朔夜は眉をひそめた。 「もちろん言いづらいことだったり、言いたくないことだったら言わないで。無理強いをしたいわけじゃないんだ。気を悪くさせたのなら、ごめんね」 　日向が胸の前で両手を振れば、朔夜は「なんかさ……」と躊躇いがちにしゃべる。 「おまえは、十年っていう長い年月をかけて剣道をやって強くなったのに、それを俺が今日一日で台無しにした。なんだかそんな気がして、嫌だなって思ったんだよ」 　きょとんとした顔をして日向は、難しい顔をして考え込んでいる朔夜を見つめた。