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第9章 憧憬3
「すごいですね! じゃあ、ひなちゃんの動きを全部データ化して頭の中に入っているから、ああやって攻撃を躱すことができているんですか? うわあ、チート技……」
「って、みんな思うわよね」と絹香は答えてから朔夜のほうを見据えた。
「それだけじゃ机上の空論よ。身体が追いつかないもの」
「身体が追いつかない?」
絹香の言葉の真意がはかれなかった菖蒲は、絹香の言葉を繰り返した。
「ひなちゃんも、あたしも有段者で二段を持っているわ。部門は違えど地区大会でわたしたち、優勝をしているの。そんでもって、ひなちゃんは、さっきの試合でアルファであるあたしに勝ったのよ」
「そう、ですよね。では、どうしてひなちゃんは、叢雲くんに負けているのでしょう?」
「どうしてだと思う?」
ベータである菖蒲は頬に人差し指を当て、考えた。保健の授業で習った『アルファ>オメガ』の力関係についてや朔夜と日向が魂の番であることを思い出す。
「それは……叢雲くんが、ひなちゃんの彼氏でアルファだから、じゃないんですか? オメガはアルファには力で勝てないと聞きますし、ましてや彼らは魂の番。運命の人相手じゃ、ひなちゃんも力をうまく発揮できないのでは?」
「そう。周りの人たちには、そういうふうに見えているのね」と絹香は、何度も首を縦に振った。
独り合点している絹香に対して、菖蒲は不満そうな声で尋ねる。
「どういうことなんですか? もったいぶらずに教えてくださいよ!」
「じゃあ――覚えている? 剣道の授業の初日、さあちゃんが、あたしにボロ負けしたこと。おまけに光輝に喉を突かれて、手も足もでなかったことを」
「あっ……」
菖蒲は、絹香の発言を聞くと頬にやっていた手を、口元へと当てる。
「剣道の授業が始まった六月から、あいつの手が傷だらけになって、しょっちゅう絆 創 膏 やテーピングをしている状態になっていたのに気づいた?」
「てっきり、料理の練習か、習い事の空手で手を痛めているのかと思っていました」
「料理ならあいつ、得意よ。包丁で手ぇ切ることなんて、めったにないわよ。空手だって県大会で入賞するくあいだもの。むちゃはやらないし、早々怪我をしないわ。あれはね、竹刀を握ったことのない人間が、必死で剣道の練習をしたから豆ができてたの。潰れたり、潰したりを繰り返して、手が傷だらけになったわけ」
菖蒲は口を閉じ、絹香の言葉に耳を傾けた。
「あたしとひなちゃんが通っている道場は、さあちゃんのおじいちゃんである喜 助 さんが、やっているのよ。あいつ、空手を習っていて忙しいのに『体育で剣道の授業をやるから、期間限定でいい。教えてほしい』って師範に頭を下げにきたの。師範は厳しい人よ。自分の孫相手なのに、みっちりしごいたわ。いえ、むしろ自分の孫だから厳しくしたのかしら? とにかく最初はへたくそで、竹刀の握り方ひとつとっても師範に怒られていて、見られたものじゃなかったわ。
でも……師範やひなちゃんに稽古をつけてもらっているうちに、教わったことをスポンジみたいに、どんどん吸収していったのよ。尋常じゃないスピードでメキメキ上達していって、見ているこっちがビックリさせられた。道場で稽古をつけてもらうだけでなく、自主練で素振りもしたんじゃないかしら?」
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