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第9章 憧憬5

「ああ、こんな短期間でここまで上達するなんて、圧巻だよ! いやー、驚いた! 叢雲は努力の天才だな!? 碓氷や蛇崩が練習相手になったのか?」 「せんせー、あたしは、なんもやっていないわ。ひなちゃんが、さあちゃんと剣道を一緒にできるって意気込んで、つきっきりで教えたの。手取り足取り、ってね」  大林は微かに頬を染め、わざとらしく咳払いを繰り返す。 「おいおい蛇崩、その言い方だとなんだか、ちょーっとエッチっぽく聞こえるぞ。言い間違いか?」 「あら、言い間違いじゃないわよ」と絹香はクスリと笑う。 「先生がなにを頭に浮かべたかは知らないけど、実際、ひなちゃんとさあちゃんが所構わずいちゃついて、道場に来ているおチビちゃんたちは練習に身が入らなかったもの」 「ちょ、ちょっと絹香ちゃん! ()(へい)のある言い方はよしてよ!? 僕とさくちゃんは、真面目に練習をしていただけで……」 「はいはい、悪かったわ。それじゃあ、おめでとう。さあちゃん」  菖蒲はぼうっと朔夜と日向のふたりを眺めていた。 「菖蒲、着替えないと次の授業遅れるわよ」と絹香に肩を叩かれ、彼女ははっとする。語尾にハートがついていそうな可愛らしい声で返事をし、絹香の隣を歩く。  体育館の出入り口へ向かう絹香に対して、「ちょっと待てよ」と朔夜は険のある声で呼びかける。  うんざりした様子で絹香は「なによ」と鬱陶しそうに振り返る。 「てめえは、なんとも思わねえのか? 俺がズルをしたとか、日向が手を抜いたとかさ」  二階から降りてきた鍛冶は、突然「そうだよ! ひなちゃんが負けるわけがない! さあちゃんは、ひなちゃんの恋人だから、ひなちゃんを負かすことができたんだ!!」と(とん)(ちん)(かん)なことを口にし、怒り始める。  鍛冶の隣にいた疾風は大慌てで鍛冶の口を塞ぐが、鍛冶は「疾風くん、なにするの!? ぼく、さあちゃんに一言文句を言ってやるんだから!」と暴れる。 「ありゃりゃー……それ、本人に向かって言っちゃいますか」と菖蒲は呆れ返り、絹香や大林は白い目で鍛冶を見た。  朔夜は口を閉ざし、こめかみの辺りに指を当てているし、日向は顔面蒼白状態で「鍛冶くん、違うよ! そうじゃないの!」と鍛冶の言葉を即座に否定する。 「おい、話をややこしくするなって! なんでおまえは、アホなことばかりをするんだ!?」 「アホじゃない! ぼくは思った通りのことを口にしただけ! “恋は盲目”なんだよ!? 好きな人を傷つけたり、攻撃できるわけがないじゃないか! こんなのフェアプレーじゃない!! ずるいぞ、さあちゃん!!」

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