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第9章 憧憬6

「だから! 思った通りのことを口にするのが悪いんだって!! 悪い、辰巳。こいつを引きずっていくの手伝ってくれねえか?」 「ああ、わかった」と衛は、今にも泣き出しそうな疾風の手伝いをしてやる。 「()(やま)、おまえは悪い奴じゃねえんだけどな。空気が読めねえのは、だいぶ傷だぜ。もう少し、周りの人間の様子を見ような」と衛は鍛冶に言い聞かせ、疾風とともに衛を連れて外へ出ていった。 「あー……」と大林は間延びした声を出し、落ち込んでいる朔夜に向かって声を掛ける。 「叢雲、あんま気にするな。深く考え込むなよ? おれはおまえがズルをしたとか、碓氷が手を抜いたなんて思ってねえぞ。なにもおまえがアルファだから、お気に入りの生徒だからって()()(ひい)()しているわけじゃねえ。教師として、それ相応の努力をしたって、評価しているだけだ」    絹香も「ええ、そうよ」と大林の言葉を肯定する。 「さあちゃんはズルをするような人間じゃないし、ひなちゃんも手を抜く性格のキャラじゃない。だから、そんなことはちっとも思っていないわ」  大林や絹香からのフォローの言葉をもらっても、朔夜はどこか不満げな様子だった。 「そもそも、お互いにそんなことをしたら、あんたたち大喧嘩になるでしょ? 『さくちゃんは僕がオメガだから全力を出してくれないんだ』ってひなちゃんが悲しむもの」 「じゃあ、おまえはこの試合に関してなにも思わねえのか?」 「そんなわけないわ。めちゃくちゃ、あんたに対して腹が立っているわよ」と絹香はどこか棘のある口調で答える。 「あたしが十年以上も続けてきた剣道の試合に、ぽっと出の奴が勝ったんだもの、そりゃあ面白くないわよ。おまけにその誰かさんは、あたしが『剣道をやろう』って言ったときに散々嫌がって、誘いを断った人物なんだから」  絹香に痛烈な皮肉を言われて、朔夜は押し黙るしかなかった。  そんな朔夜の様子に菖蒲は「わあ……蛇崩さん、どこまでも容赦なーい!」と茶々を入れる。 「でも、あんたが道場に来て、練習している姿を何度も目にしている。手が傷だらけになるまで必死に練習していたことも知っているわ。第一、あんたに向かってあれこれ文句を言ったところで、あたしの腕は一向に上がらないわ。だったら現実を受け止めて、認めるしかないでしょ?」 「絹香……」 「あんたは上位のアルファで、(てん)()の才がある。持てる者よ。そのうえ、尋常じゃないほどの努力ができるんだもの。凡人や秀才がどれだけ努力したって敵わないわ。羨ましくて、(ねた)ましくてすごく――憧れるわ」

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