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第9章 憧憬7

「それ、どういう意味で言っているんだ? おまえ、俺のことを貶しているのかよ?」 「馬鹿ねえ、違うわよ。あんたみたいになりたいって思っているし、あんたを目標として見ているのよ。天才であるあんたが人一倍に頑張っているんだもの。凡人であるあたしは、もっと腕を磨かなきゃって思っただけ」 「……そうかよ」 「あんたって、本当に卑屈な性格をしているわね。自分のことを過小評価して、自身を卑下している。能力を自慢したり、ひけらかしている連中も面白くないし、どうかと思う。だけど、あんたみたいに人からいい評価をしてもらっているのに、(けん)(そん)を通り越して『自分は世界で一番駄目なんだ』なんて悲観的な考えをしている奴のほうが、もっとたちが悪いわ。  周りの人間にはね、そういう態度は傲慢だと映るのよ。いずれは鼻持ちならない奴だと思われ、敬遠されるようになるわ。そこら辺――気をつけなさいよ」 「じゃあね」と手を上げて絹香は、菖蒲とともに颯爽と体育館を出ていく。  日向はそんな絹香の後ろ姿に見惚れていた。 「絹香ちゃん、かっこいい。やっぱりアルファの女の人ってすてきだね」とうっとりしていれば、「そうかよ……」と朔夜が拗ねた口調で返事をする。 「あっ、でも、誤解しないでね。僕の一番は、さくちゃんだよ!」  日向はお日さまのような笑みを浮かべ、朔夜に笑いかけた。  しかし朔夜は、どこか沈んだ様子で、試合に勝ったのにちっとも嬉しそうじゃなかった。面白くなさそそうに唇を尖らせていたのだ。    * 「さくちゃんが僕に勝ったのは、喜助先生の特訓を受けて僕と何百回も練習したから。アルファだから(オメガ)に楽に勝ったわけじゃないよ!?」  きっぱりと日向は言い切るが、朔夜は不安げで堪らないという声色でしゃべる。 「けど、ほとんどの連中は、おまえが手ぇ抜いたとか、魂の番であるオメガだから│俺《アルファ》に負けたって思っている。おまえは全力で俺に臨んでくれたのに……俺は、おまえがそういうふうに言われるのが、嫌なんだよ」 「なんだ、そんなことを気にしているの?」と日向はあっけらかんに笑う。 「そんなことって……」 「だって、僕が手を抜いていないことも、さくちゃんがズルをしていないこともわかる人にはわかるよ。大林先生は、すぐにさくちゃんの動きが練習をいっぱいした人のものだって見抜いたし、衛くんもベータだけどさくちゃんが頑張っているのをわかっていたから、最後まで見ていた。もちろん絹香ちゃんは、さくちゃんの練習風景を目にしている。だから、そんなに気にしないでよ」

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