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第9章 憧憬8

 しかし朔夜はどこか釈然としない様子で、顔を俯かせている。 「もう、さくちゃんったら!」と日向は、朔夜の両頬に手を当て、顔を上げさせる。 「本人が気にしないでって言っているんだから、気にしなくていいんだよ!? 僕は、さくちゃんが僕に勝って、喜んでいる姿を見たかった。それなのに、せっかく今回のテストで一番になっても落ち込んでいるなんて……なんだか悲しいよ」  へにょりと眉を下げ、日向はしゅんとしてしまう。  朔夜は、そんな日向の姿を目にして胸が痛んだ。いつまでも、うじうじしている場合じゃないと気を取り直す。 「悪い、おまえに悲しい顔をさせたかったわけじゃねえんだ」 「じゃあ、いつも通りのさくちゃんに戻ってくれる?」  日向は朔夜の顔を至近距離から覗き込み、小首を傾げた。 「ああ、落ち込むのはもうやめる。おまえの隣にいて恥かしくないように、堂々とするよ」と朔夜が、はにかんだ笑みを浮かべれば、「よかった!」と日向は破顔する。  そして朔夜の背に手を回し、勢いよく抱きついた。  まさか日向に抱きつかれると思っていなかった朔夜は「うわっ!」と驚きの声をあげ、アスファルトの地面に尻餅をつく。  ぎゅっと日向に抱きしめられた朔夜は、上ずった声を出し、キョロキョロと辺りを見回す。人がいないことを確認しながら日向の行動に、ドギマギする。 「おめでとう、さくちゃん! さくちゃんが勝って、嬉しい。すっごくかっこよかったよ! いっぱい努力をした甲斐があったね!?」と黒曜石のような瞳をキラキラさせて、満面の笑顔で日向が我が事のように喜ぶ。 「ありがとな」と朔夜は、日向の頭を撫でてやる。  すると日向はと嬉しそうに笑ってから今の状態に気づき、わたわたする。 「ごめんね、おうちじゃないのに抱きついたりして! 怪我してない!? お(しり)を打ったよね! 痛かったりする、平気?」 「いや、怪我はしてねえけど……」と朔夜は、自身の赤くなった頬を恥ずかしそうに指先で掻く。 「こうやって外でくっついたりするのは、よくねえよ。学校なんだし、少し控えねえと。さっきの指絡ませてくるのもさ。あれ、一部の連中は気づいていたぞ?」  かあっと日向は顔を真っ赤にして「そうだったんだ、ごめんね」と朔夜の背に回していた手を離し、慌てて立ち上がった。  朔夜もすっと立ち上がり、袴の臀部を叩く。 「僕、つい気分が高揚しちゃって……迷惑だったよね」 「いや、迷惑じゃねえよ。おまえが指を絡めてきてくれたのも、抱きしめてくれたのも正直、嬉しかった。恋人が、そうやって甘えてくるのを嬉しく思わねえ奴はいねえんじゃねえかな」

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