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第10章 王子さま1

 ふたりは別棟の階段を上っていった。朔夜は日向の少し前を歩き、アイボリーの柔らかな色合いをした相談室のドアをノックする。 「(とよ)(おか)先生、叢雲です」 「はい、どうぞ」と優しげな女の声がする。 「失礼します」  朔夜がドアを押し開けるとそこには日向と朔夜の姿を見て、目を丸くしている(そら)と相談員の豊岡。それから「どうもー! おふたりもここに来たんですね。いったい全体なんのご用ですか?」と手を振る菖蒲がいた。 「おい、なんで虹橋がここにいるんだ!? おまえ、絹香と教室に帰ったんじゃねえのかよ?」 「蛇崩さんには先に帰っていただきました。彼女に、ここまで送ってもらったんです」 「駄目だよ、菖蒲ちゃん」と日向は困り顔をする。 「当分の間は、ひとりで行動をしないで。光輝くんが怒り狂って、なにをするかわからないんだよ?」 「ええ、それは重々承知しています。ただ、ちょーっと用事があったもので」 「用事? 用事ってなんだよ? 豊岡先生に光輝のことを話に来たのか?」  朔夜が問いかけると菖蒲は、心底うんざりした顔をして「ええ、まあ、それもありますね」とおもむろに溜め息をついた。  表情を曇らせた日向は「なにかまた、光輝くんにひどいことをされたの?」と菖蒲に訊く。 「いえ、ひなちゃんや蛇崩さん、辰巳くんたちのお陰で快適に過ごせています。大変助かっていますよ」 「そう? それなら、よかった」  腕組みをして朔夜は「だったら、なんでおまえ、ここにいるんだよ?」と首を傾げる。 「そうですね、蛇崩さんたちや豊岡先生にはお話しましたが、おふたりにはまだ話していませんよね!?」  菖蒲は中腰になり、椅子に座っている空の両肩に手を置いた。 「じつはわたしと空ちゃん、いとこなんです」  同じタイミングで「「いとこ」」と朔夜と日向は驚嘆し、顔を見合わせた。 「やだー、仲がよろしいこと! 息ぴったりですね!?」と菖蒲はふたりのことを笑った。 「うるせえな、恋人同士なんだから仲がいいに決まっているだろ。なんか文句あんのかよ?」 「はい、(のろ)()いただきました! 甘々過ぎておなかいっぱい、満腹です」  まるで柳に風、暖簾(のれん)に腕押しである。菖蒲は、朔夜の言葉をまともに受け合わず、のらりくらりと躱していった。  やっぱりこの女、苦手だなと朔夜は内心毒づく。 「言われて見れば、確かに! 空ちゃんと菖蒲ちゃん、ちょっと似ているよね。並んでいると姉妹みたい」 「でしょう! わたしたち、昔から仲がいいんです。昔は、どちらかのおうちに遊びに行ったり、お泊りをよくしました。空ちゃんのお母さんが日ノ目さんと再婚してからは、なかなか一緒に遊べなくなってしまったんですけど……それでも長期の休みには出掛けたりして。お店の人に『ご姉妹ですか?』って、しょっちゅう聞かれます!」

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