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第10章 王子さま2

「あれ? じゃあ、菖蒲ちゃんは、光輝くんのおうちの人たちと親戚付き合いをしているの?」 「いえいえ、そんな! あの人たちと親戚付き合いなんて一切ないです。あそこの家とわたしの家は、仲がすごく悪くいので」  朔夜は口をへの字にして「ん?」と呟き、菖蒲に話しかける。 「ってことは、おまえ、転校してきた日に初めて光輝と顔を合わせたのか?」 「違います。菖蒲ちゃんのお母さんの結婚式で一度会っていますよ。ろくでもない悪戯ばかりをしていたので、よく覚えているんです。まあ、向こうはわたしのことなんて頭からスポンと抜けて、忘れているみたいですけど。どっちにしろわたし、日ノ目くんのことは、大っ嫌いです!」 「うーん……あんなことがあったら、光輝くんにいい印象は持たないよね」と日向は、菖蒲に対して同情の眼差しを送った。 「当然です!」と菖蒲は自身の焦げ茶色の髪を撫でつけながら、毛を逆立てた猫のように腹を立てた。  菖蒲は、もとからこの町にいた人間ではない。父親の仕事の都合で、四月に(うえ)(なか)(ちょう)へ引っ越してきたのだ。  気さくで茶目っ気があり、どこまでもフレンドリーな性格をしている菖蒲のことを、絹香や洋子を始めとした女子は快く受け入れた。  原宿や渋谷通りを歩けば、芸能関係の事務所の人間からスカウトをされ、雑誌のストリートスナップに何度も写ったことがあるほどの美少女。おまけに中学生とは思えない――グラビアアイドル並みのプロポーションをしている。そんな東京から来た女の子に、学校中の男子が色めきだった。  その中に光輝も含まれていた。  転校初日の日から光輝は猛烈なアプローチをして、菖蒲に言い寄った。自分は町一番のイケメンであると自負していたナルシストな光輝は、菖蒲が何度も「嫌です。気持ち悪いのでやめてください。迷惑です」とはっきり言っても、つきまとい続けた。  ついには放課後の人気のない図書室へ誘き出し、「俺の女になれよ」と迫り、彼女に無理矢理キスをしようとしたのだ。たまたま図書委員の日向と心が本の整理に来たので、菖蒲は唇を奪われずに済んだが――翌日から光輝の菖蒲に対する嫌がらせが始まった。  下駄箱の中に怪奇文書めいた何十通ものラブレターが雪崩のように床に落ち、上履きの中には画鋲が敷き詰められていた。机の中からはAVとコンドームが入れられていたし、光輝の取り巻きをしている女子からはシカトをされ、体育の授業ではわざとぶつかったりして怪我をさせられそうになったり……とあげたらきりがない。

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