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第9章 憧憬11
「ところで、なんで別棟に向かっているの?」
「ほら、俺、体育係だろ。だからレポートを取ってくるように、大林先生に言われているんだよ」
「あっ」と日向は声を出し、「だから穣くんは呼ばれなかったんだ」と悲しそうな顔をする。
「ああ、なにせあ い つ は根っからの男嫌いだ。穣のことだって、よく思ってねえ。けど――おまえだけは例外だ。かと言って数学係のおまえを送って、二 年 前 みたいなことが起きてもヤバいからな。だから俺とおまえってわけ」
「うん……」
「大林先生が石 川 先生に、『俺の使いで叢雲と碓氷は授業に遅れる』って話してといてくれるってさ。さっさと終らせて授業に行こうぜ。着替える時間もあるんだし」
そう言って朔夜は別棟に向かって歩を進める。だが、日向が自分のあとを着いてくる様子がない。振り返ってみれば、日向がなんとも言えない顔をして困っていた。
「やっぱり、気まずいか? 振った女と顔を合わせるのは」
「うん、ちょっとだけ……ね」と答えてから、ゆっくり動き出し、朔夜の隣に立つ。
「でも、あの子も、僕がさくちゃん以外の人に見向きもしないことをわかっていたし、なにより彼女のほうから『次に会うときは普通に接してください』って言われている。それに、いろいろと気になるんだ。僕と同じ――ううん、あの子のほうがずっと、つらい思いをしているから」
朔夜は日向になんと声を掛けていいのかわからなくなり、視線を彷徨わせた。
「だから、さくちゃんと一緒に会いに行って元気な姿を見られたらいいなって思う。なんだか利用しているみたいで、ごめんね」
「気にすんなよ。そんなの利用しているうちに入らねえって。いちいち俺が『よせ』って言ったところで、おまえは止まらねえし。一度決めたら最後までやり通す。おまえがやりたいようにやれれば、それでいい」
「なんだかちょっと手厳しいね」
「当たり前だろ! 言われても仕方ねえことを毎度しているのは、どこの誰だ? こっちはおまえのでせいで、冒険なんかひとっつもしてねえのに、いつもハラハラドキドキさせられっぱなしなんだぞ!? 何回、肝を冷やしたと思っているんだよ!」
力加減をしながら朔夜は、日向の両頬を引っ張った。
「いやー……面目ないです」と日向は笑ってごまかした。
「ったく、言っても聞かねえのはわかっているよ。おまえ、すっげえ頑固だし! だから、最後に俺のところへ帰ってきてくれればいい。無理な話だってわかっている。けど、できれば傷ひとつない無事な状態で。悲しい思いも、苦しい思いもしないでくれれば――それでいい」
「さくちゃん」と日向は朔夜を見つめ、「すっごいキザなセリフだね!」と発言した。
やっぱり、こうなるのかと朔夜はガックシと肩を落とし、ゲンナリする。
「それ、どこのドラマ? それともモノクロの奮い映画や古典の小説から引用しているの!? ほんっとにロマンチストだよね。もう……恥ずかし過ぎるよ!」
とうとう朔夜はこめかみに青筋を立て、日向に背を向けてガナリ散らしながら、ツカツカと大股で速歩きをする。
「うるせえな、人がマジで言ってるっつーのに! もうおまえなんか知らねえ、ここで置いていく!!」
「ちょ、ちょっと待ってったら、怒らないでよ!? さくちゃん!」
朔夜は自分を追いかけてくる日向の額へとデコピンをする。
「いったい!」
「引っ掛かったな!? いつもの仕返しだ!」
「ええっ、それはひどいよ!」
「言ってろ! つーか、俺がおまえを置いていくわけねえだろ?」
歯を見せて朔夜は楽しそうに笑い、それから、日向と一緒に歩き始めたのだった。
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