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第10章 王子さま5

 菖蒲は面白くなさそうな顔をして、ドアのほうへ歩いていく。 「菖蒲ちゃん! ひとりだと危ないよ。僕が着いて……」と日向が言っている最中にもかかわらず、菖蒲は「いえ、結構です。ありがとうございます」と日向の申し入れを笑顔で断った。それから、空に申し訳なさそうな顔をして謝った。 「ごめんなさい、空ちゃん。嫌な思いをさせましたね」  空はゆるく(かぶり)を振った。 「そうじゃないの。むしろ謝らなきゃいけないのは、私のほう。お兄ちゃんのせいで菖蒲ちゃんが苦しんでいるんだもの」 「それは、そうですが……」 「お兄ちゃんがやっていることはおかしいって、わかっているの。人から悪く言われても仕方のないことをしている。でも、私はそれを止められない。止めようとしない」  空は膝に載せた両手をぎゅっと握り締め、今にも消えてしまいそうな様子で微笑んだ。 「家だけでなく、学校でもお兄ちゃんと顔を合わせるのが嫌で……他の人に気を遣わせるのも、お兄ちゃんや、お継父(とう)さんのことを言われるのも怖くて、相談室(ここ)にいる。教室に行くこともできない弱虫な私」 「空ちゃん……」 「私も、菖蒲ちゃんのことを、本当のお姉ちゃんみたいに好き。菖蒲ちゃんが私のお姉ちゃんだったら、きっと毎日が楽しくて、すてきだったと思う。だから菖蒲ちゃんがお兄ちゃんの話をして、つらそうな顔をしているのは見たくないの」 「――すみません。また、あとで来ますね」  一言残して菖蒲はその場を立ち去った。  朔夜は、神妙な顔つきをしてドアを見つめている空へと視線をやる。 「あー……ところで(そら)、体育の授業のレポートはできているか? 大林先生に持ってくるように頼まれているんだけど、まだ提出は無理そうか?」  しばらくの間、空はぼうっとしていて、朔夜の言葉に返事をしなかった。  空の様子を心配した日向が声を掛けると、急に湯目から覚めたかのように意識を取り戻し、「えっ? あっ、うん! 大丈夫、提出できるよ」とレポート用紙を日向に向けて差し出した。  朔夜は額に指先を当て肩を落とす。 「おまえなあ、日向に渡してどうするんだ? 体育係は俺と穣だぞ」 「えっ? あっ……!」 「日向は数学係だぞ。しっかりしてくれよな」 「あ、……ご、ごめんなさい……」  突然空は、がたがたと全身を震わせて怯えた。  そんな彼女の姿を目にして、朔夜は「しまった!」と顔を歪める。 「日ノ目さん、大丈夫!?」と豊岡は苦しそうな息遣いをする空の背を撫で(さす)る。しかし、空の震えは止まらず、ますます悪化していく。

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