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第10章 王子さま7
「空、おまえ、なんで……」と朔夜が躊躇いがちに訊けば、空は申し訳なさそうな顔をして笑う。
「朔夜くん、私ね、ふたりの邪魔をする気も、日向くんを奪おうなんて気もないのよ。ただ、どうしても自分の気持ちに踏ん切りをつけたくて、日向くんに告白をしたの。振られるのは最初からわかっていたわ」
「空ちゃん」
「ありがとね、日向くん。いつも通りに接してくれて、嬉しかったよ。変なことを言ったりして、煩 わせちゃったよね、ごめん」
「そんなことないよ。空ちゃんの気持ちには応えられないけど――嬉しかった。断ったのは僕のほうなのに、『これからも友達でいて』って言ってくれてありがとう」
不意に空は嬉しいような、悲しいような気持ちになって泣きそうな顔を一瞬したが、すぐに凛とした顔をしてふたりのことを見据えた。
「……悪いけど、ふたりに菖蒲ちゃんのことを頼んでもいい? お兄ちゃん、授業をサボるし、菖蒲ちゃんがいないことに気がついて、また菖蒲ちゃんに迫るかもしれないから」
「ああ。わかったよ、空」
「うん、菖蒲ちゃんのことは僕たちに任せて」
「お願い。私じゃ、菖蒲ちゃんの話を聞くことしかできないから……お願いします」
空は頭を下げ、次いで相談室のアイボリーカラーの壁にかけられている丸時計へと目をやる。
「大変! もう授業が始まっちゃっているよ!? ふたりとも早く着替えないと!」
「うわっ! さすがにこれはまずいな……そろそろ行こうぜ、日向」
「そうだね、さくちゃん。僕、大林先生に急いでレポートを渡してくるね」
「んっ? ……いいのか? じゃあ……任せた」
「……ありがと。ちょっと先に行っているね。それじゃあ、空ちゃん、……お昼休みにちょっと顔出しに来るね」
「うん――またね」
日向のほうが先に部屋を出ていくと空は、机の中から理科の教科書とノートと問題集を取り出し、シャーペンを手に取った。
「空、その……ほんとに悪い。おまえに、なにもしてやれなくて……日向のことも……」
空は、気まずそうな様子の朔夜のことを一瞥してから問題集に目線を落とした。
「私、朔夜くんには感謝しているよ。お兄ちゃんの歯止めになってくれていること、教室に入れない私に気を遣ってくれることも。じゃなきゃ私、家で引きこもりになっていたか、家出して不良になっていたと思う。なんとかギリギリでもやっていけているのは、朔夜くんがみんなのいい王さまだからだよ」
「けど、俺は……」
「朔夜くんは大人じゃない。私と同じ中学生だよ。先生たちの中には、私やお兄ちゃんを疎ましく思うだけで、なにもしてくれない人もいる」
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