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第10章 王子さま19

 ふらつきながらも日向は空を背負った状態で立ち上がり、肩で息をする。なんとか足を踏みだして、のろのろと歩く。  険しい表情を浮かべ、どこか苦しそうにしている日向の様子がおかしいことに気づいた鍛冶は、戸惑いがちに日向へ話しかける。 「ひ、ひなちゃん、なんだか無理してない……? ぼくが空ちゃんを背負うよ!」 「そうだね、本当は……お願いしたいところだけど……でも、空ちゃんが意識を取り戻したら……大変なことになるでしょ?」 「あっ……」と鍛冶はつぶやき、表情を強張らせる。  中学に上がってから空は、同年代の男に触れられると発作を起こすようになってしまった。  最初は、ベータからオメガにバース性が急変化したことによるものの副反応かと養護教諭は疑い、オメガの抑制剤を彼女に服用させ、即席で結果が出るバース性の検査キットを使用した。しかし、空のバース性はオメガになっておらずベータのままだった。意外なことに彼女は、アルファである朔夜よりも、大多数のベータの男を怖がったのだ。  それは植仲中学の全校生徒と全教師が周知していることだった。  そして彼女が触れられても発作を起こさない唯一の例外の人物は、オメガである日向だった。 「だったら、どうして心ちゃんを先に行かせたの? 女の子である心ちゃんのほうが、役に立てたんじゃない? ぼくが先生を呼びに行ったほうが……」 「だけど、心ちゃんは握力もないし、腕立て伏せもできないくらいに腕力もないよね。いくら空ちゃんが軽くても意識を失っている状態だよ。意識のあるときよりも背負うのが大変だ。僕のことを心配して心ちゃんが無理に背負ったりして、心ちゃんと空ちゃんの二人が怪我をするなんてことになったら、どうしようもなくなっちゃうよ」  鍛冶は自分が手伝えないことを痛感し、途方に暮れた。 「じゃあ、ぼく、まるっきりの役立たずじゃないか。何もできないんだ……」 「そんなことないよ。……鍛冶くんの手を借りられたから、空ちゃんを背負うことができた。……ありがとう。すっごく助かったよ……」 「ひなちゃん」 「僕なら平気。だから……先に行って。……大丈夫だとは思うけど、時間制限に引っかかって……追加で走らされたら大変だよ……」 「けど、ひなちゃんも、つらそうだよ? 空ちゃんを背負うのはやめようよ!」 「そういうわけにもいかなそうだから……」 「えっ……」と鍛冶は顔を上げた。一面真っ白な空から粉雪が降ってくる。 「天気予報が外れたね。洋子ちゃんのうちの人たちのほうが正確だったんだ……」

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