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第10章 王子さま23

「えっ……」 「日向くんが過ごしやすいように、笑顔でいられるようにしたかったんだよ。この町は閉鎖的だし、古い考えの人もいる。お継父さんたちは、どこまでもオメガに冷たい。オメガだったら好きに差別をしてもいい、奴隷のように扱ってもなんの支障もないと思っているのよ」  日向は光輝の父親が自分に向けてくる侮蔑の眼差しや嫌悪感をあらわにした態度、どこかピリついた空気を思い出し、目を伏せた。 「おじさんもいっしょ。番制度も、オメガもこの世から消えていなくなればいいと考えている。だから朔夜くんはせめて学校の中だけでも、日向くんが安心できる場所を、居場所をつくったんだよ」 「なんで空ちゃんがそんなことを……?」 「……これはクラスの半数以上の人が知っていることよ。みんなね、朔夜くんから『日向には言うな』って言われていたの。だから今日まで日向くんの耳には入らなかったのよ」  やんわりとした口調で「変な誤解をしないでね」と空は、狼狽えている様子の日向に向かって声をかける。 「これはね、あなたによけいな気を遣わせたり、負担をかけないために言わなかったのよ」 「そう、なんだ……」 「私たちの目から見てもね、朔夜くんが日向くんのことを真剣に思っているのが伝わるの。子供とか、大人とか関係なく誰かを一途に思うことがあるんだ。大好きな人が笑顔でいられるようにしたいと願っている人がいる。本やテレビ、映画の世界だけの話じゃなくて現実にもある。それが何よりも、すごくうれしいの」  日向は穏やかな笑みを浮かべる空の顔を、じっと見つめ続けていた。 「朔夜くんが一番苦しむのは、日向くんが傷つくこと。アルファは魂の番であるオメガに出会ったら、そのオメガを唯一無二の存在とするわ。おおかみの番のように誰よりも、何よりも大切にするって……」  ふらっと空の上体が横に傾いた。  すばやく日向は空の身体を抱きとめる。 「空ちゃん!?」  苦しそうに喘ぎながら、空は日向の腕にそっと触れる。 「多分、おじさんは日向くんが本当に悪い子じゃなくても、きっと同じことをすると思う。あなたがどんなに良い子でも、何かしらの理由をつけて手を上げる……」  日向は空の言葉に意表を突かれ、息を呑んだ。 「あなたが傷つくことを朔夜くんも、私たちも……望まないわ……」  それだけ告げると空は目を閉じ、意識を失ってしまっった。  日向は空の頬を軽く叩いて意識を取り戻させようとするが、空は一向に目を開けなければ日向の呼びかけにも応答しない。 「空ちゃん……ねえ、空ちゃんったら!」 「碓氷、日ノ目!」  顔を上げれば、大林と養護教諭がこちらに向かって走ってくるのが見え、日向は安堵した。  マラソン大会の閉会式は無事行われた。  鍛冶と心は制限時間内に完走したものの日向は事情が事情とはいえ、時間内に完走できなかったために、放課後に校庭をひとりで走ることが決まってしまった。  ただし、具合の悪くなった空を助けようとした行為を評価され、周回数を三分の一まで減らしてもらうことになった。  担任は式が終わるとすぐに光輝たちの継母の携帯に電話をした。何度かけても電話が繋がらず、留守番サービスに空が体調不良になったことを一言言い残し、光輝の父親である太陽の仕事先へと電話をかけた。 「都内のほうへ出張中ですし、午後からは大事な会議があります。ですから今すぐ空を迎えに行くことはできません」と言ったきり、連絡が取れなくなってしまった。  担任が光輝に事情を話しに行くと「お手伝いさんだったら、もしかしたら空を迎えに来てくれるかもしれません」とボソリと言った。  そうして空は、日ノ目家のハウスキーパーが来るまで保健室のベッドで眠っていたのだった。

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