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第11章 無力6

 まるで手負いの獣のような日向の様子に朔夜は一度目を閉じた。唇を湿らせ、冷静さを失わないように素数を頭の中で数え、灰色の瞳をふたたび開く。 「……俺が、おまえだけのアルファだって、おまえだけを愛しているって証明できればいいのか?」  鬼気迫る様子の朔夜に日向はたじろいだ。  じりじりと朔夜は日向を壁際に追い詰めていく。  とうとう日向の背が壁にトンッとぶつかってしまう。「あっ」と日向は声を出し、横に顔を向けると朔夜は両手を壁につき、日向が逃げられないように囲ってしまった。  日向は怒りの表情を浮かべたまま、朔夜のことを見上げる。 「何? どいてよ、邪魔なんだけど?」 「いやだ。ぜってぇ、どかねえ」 「さくちゃん……!」 「発情期の来ていないおまえを抱いても、番にはなれねえ。中学を卒業するまで結婚の申請も出せねえことは重々承知だ。それでも今、ここでおまえのことを抱けば、俺の気持ちが本気だって伝わるのかよ?」  不安げな顔つきをして、日向は朔夜の瞳を見つめた。 「冗談でしょ? 僕をからかっているの……?」 「冗談なわけねえだろ。俺は本気だ」  真剣な顔つきをして朔夜は答えた。  朔夜の右手が伸びてくると日向は身体をびくりと震わせ、強張らせた。汗でじとりとした熱い手が、日向の頬に触れる。  緊張か、興奮か、はたまた日向を壊してしまうのではないかという恐怖によって、朔夜の手は小刻みに震えていた。  大好きな朔夜の月下美人の香りがするのに日向の身体は、さあっと冷たくなっていく。真綿で首を絞められているかのように息が徐々にできなくなり、苦しくなっていく。 「そうすれば、おじさんやおばさんのことだけじゃなく、俺のことも考えてくれるようになるか? おまえのことをどれだけ心配しているか、少しは伝わるようになるのかよ?」  日向は朔夜の胸板に手を置いて、ありったけの力で押しのけた。  朔夜は尻もちをつきはしなかったものの日向の予想外の反応に、身体がよろけてしまう。  パンッ! と乾いた音が倉庫内に響く。日向は肩を上下させ、唸るようにふーふーと息をする。   じんじんと熱くなった左頬を手左で押さえながら、朔夜は愚痴をこぼす。 「ってえな……いきなり、ビンタかよ」 「引っ叩かれるようなことを言うからでしょ! 結局――さくちゃんって僕のことを本当に好きじゃないんだね」 「あ゛っ、なんだと?」  めずらしく日向に対してどすの利いた声を出し、朔夜は心外だと言わんばかりの態度をとった。 「僕のことを馬鹿にしているの!? 僕はオメガだけど男性体のオメガで、心だって男なんだよ。男であるきみの気持ちがわからないとでも思った? 男は好きでもない人だって抱ける。だって、より多く子孫を残すためにそういうふうに身体ができているから。今のさくちゃんもそう。僕の身体で性欲を満たしたいだけなんだね。いいよ、抱けば? 今すぐ抱きなよ!」

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