117 / 150
第11章 無力6
まるで手負いの獣のような日向の様子に朔夜は一度目を閉じた。唇を湿らせ、冷静さを失わないように素数を頭の中で数え、灰色の瞳をふたたび開く。
「……俺が、おまえだけのアルファだって、おまえだけを愛しているって証明できればいいのか?」
鬼気迫る様子の朔夜に日向はたじろいだ。
じりじりと朔夜は日向を壁際に追い詰めていく。
とうとう日向の背が壁にトンッとぶつかってしまう。「あっ」と日向は声を出し、横に顔を向けると朔夜は両手を壁につき、日向が逃げられないように囲ってしまった。
日向は怒りの表情を浮かべたまま、朔夜のことを見上げる。
「何? どいてよ、邪魔なんだけど?」
「いやだ。ぜってぇ、どかねえ」
「さくちゃん……!」
「発情期の来ていないおまえを抱いても、番にはなれねえ。中学を卒業するまで結婚の申請も出せねえことは重々承知だ。それでも今、ここでおまえのことを抱けば、俺の気持ちが本気だって伝わるのかよ?」
不安げな顔つきをして、日向は朔夜の瞳を見つめた。
「冗談でしょ? 僕をからかっているの……?」
「冗談なわけねえだろ。俺は本気だ」
真剣な顔つきをして朔夜は答えた。
朔夜の右手が伸びてくると日向は身体をびくりと震わせ、強張らせた。汗でじとりとした熱い手が、日向の頬に触れる。
緊張か、興奮か、はたまた日向を壊してしまうのではないかという恐怖によって、朔夜の手は小刻みに震えていた。
大好きな朔夜の月下美人の香りがするのに日向の身体は、さあっと冷たくなっていく。真綿で首を絞められているかのように息が徐々にできなくなり、苦しくなっていく。
「そうすれば、おじさんやおばさんのことだけじゃなく、俺のことも考えてくれるようになるか? おまえのことをどれだけ心配しているか、少しは伝わるようになるのかよ?」
日向は朔夜の胸板に手を置いて、ありったけの力で押しのけた。
朔夜は尻もちをつきはしなかったものの日向の予想外の反応に、身体がよろけてしまう。
パンッ! と乾いた音が倉庫内に響く。日向は肩を上下させ、唸るようにふーふーと息をする。
じんじんと熱くなった左頬を手左で押さえながら、朔夜は愚痴をこぼす。
「ってえな……いきなり、ビンタかよ」
「引っ叩かれるようなことを言うからでしょ! 結局――さくちゃんって僕のことを本当に好きじゃないんだね」
「あ゛っ、なんだと?」
めずらしく日向に対してどすの利いた声を出し、朔夜は心外だと言わんばかりの態度をとった。
「僕のことを馬鹿にしているの!? 僕はオメガだけど男性体のオメガで、心だって男なんだよ。男であるきみの気持ちがわからないとでも思った? 男は好きでもない人だって抱ける。だって、より多く子孫を残すためにそういうふうに身体ができているから。今のさくちゃんもそう。僕の身体で性欲を満たしたいだけなんだね。いいよ、抱けば? 今すぐ抱きなよ!」
ともだちにシェアしよう!