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第11章 無力7

 投げやりな言葉で宣言すると日向はV字のセーターを脱ぎ捨て、ワイシャツのボタンを上から外していく。  ボタンを次々に外し、ワイシャツを脱ごうとする日向の手首を朔夜は摑んだ。 「馬鹿にしているのはどっちだよ? おまえの言っていることはむちゃくちゃじゃねえか!? 人のことを(けだも)みたいに言いやがって――俺のことをなんだと思っているんだよ!」 「獣でしょ」と日向はつばを地面へ吐き捨てるように言い、朔夜の言葉を一刀両断する。 「だって番のいないアルファはオメガのフェロモンに当てられて、好きでもないオメガを抱くんだから! 男でも、女でも関係ない。目の前に発情期を迎えたオメガがいたら、腹を空かせた肉食動物みたいに問答無用で食いつくじゃないか!? さくちゃんは『昔、オメガだったからオメガの気持ちが少しは理解できる』なんて言うけど、偉そうなことを言わないで。きみだって他のアルファと同じだ。オメガのことを人間として見ていない。性欲処理のための奴隷か、ダッチワイフだと思っているんだ!」 「そっちこそ、いい加減にしろよな。おじさんがクソみてえなアルファだからって、俺まで同列に扱うな! おまえ、俺の何を見てきたんだよ? 四歳のときからずっといっしょにいたのに、俺のことをちゃんと理解してねえじゃねえか!」 「その言葉、そっくりそのまま帰すよ。さくちゃんに僕の何がわかるの? 長年、いっしょにいた? 笑わせないでよ!」  はんっと鼻で朔夜の言葉を笑い、日向は朔夜の手を振り解こうとする。  だが、先ほどのようには振り解けなかった。むしろ、じわじわと朔夜の力が強くなり、手首が痛み始める。 「どういう意味だよ、それ?」 「僕たちの過ごした時間は十年も経っていないんだよ? 長年連れ添った夫婦でもないのに、いけしゃあしゃあとそんなことが言えたね」 「日向!」 「魂の番だから、なんでもわかるとでも思った? さくちゃんって、いつもそう。『日向のことはなんでもお見通しだ。おまえのことはおまえ自身よりもアルファである俺のほうが知っている』みたいな感じでさあ。そういうところが傲慢なんだよ!」  段々日向は悲しい気持ちになってきた。売り言葉に買い言葉で、けんかをしていることは日向にもわかっていた。朔夜が、心の底から自分のことを心配してくれているのも頭では理解できていた。  それでも日向は腹の虫が治まらなかったのだ。ふつふつと湧いてくる激情を止めることができない。これ以上、朔夜を傷つける言葉を口にしてはいけないと頭の中で警戒アラートがブーブー大音量で鳴っている。それでも、ブレーキが壊れてしまった暴走車のように止まれなくなっていた。

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