132 / 150

第13章 坪内兄妹1

   *  日向は朔夜とともに人目を忍んで体育館倉庫の中へと入っていった。  朔夜は倉庫の扉を閉めながら、菖蒲の件について切り出した。 「虹橋さん、めちゃくちゃ調べまくってんだな。あの事件のこと」 「……うん」  意気消沈した様子の日向が相槌を打つ。その目は不安と恐怖で揺れていた。  朔夜は今にも泣き出してしまいそうな日向の頭に手を回し、自分の肩へと寄せた。 「知ってどうするつもりなんだかな。あの事件は犯人だって捕まった。終身刑の判決が下っている。それなのに、どうしてだよ?」 「僕が『自分の罪と向き合って、悔いる姿を見たいんだって』」 「あの(ひと)、どうかしてるな。自分が坪内兄妹を殺した犯人に手を出せねえからって、都合よく近くにいる人間に八つ当たりしたいだけじゃねえかよ。江戸の仇を長崎で討つなっつーの」 「でも……」と日向は苦しげな表情を浮かべ、目を閉じた。「菖蒲ちゃんの気持ち、少しだけわかる気がする」 「何言ってんだよ、日向。おまえ、あの女に苦しめられるかもしれないっていうのに、能天気なことを言うなよ」 「だって、僕だって光輝くんに対して思っているよ。意地悪をしてきた彼に、自分の手で仕返しをしたいって」  朔夜は日向の発言を聴いて口を閉じた。 「さくちゃんが守ってくれるのは、すごくありがたいよ。町のみんなも、そう思っている。だから、さくちゃんに王様でいてほしいって、望んでいる。でもね……僕自身が光輝くんたちなんかに負けないくらい、強くなって見返したい。どれだけつらい思いをしたのか、わからせてやりたいって思いたくなることがあるの」  日向は目線を下にやりながら沈んだ声で、朔夜へ吐露した。 「多分、希美ちゃんが菖蒲ちゃんのお姉さんを階段から突き落としたんだと思う。それで昴明さんは菖蒲ちゃんに……」 「日向、憶測で物事を言うのはよせよ。よけいなことに首を突っこまなくていい。考えるな」 「でも、あの兄妹ならやりかねないよ。それに僕がやったことのせいで、希美ちゃんたちは犯人に殺された。そのせいで菖蒲ちゃんの怒りや憎しみは、行き場がなくなっちゃったんだよ。それに本当に死ぬべきだったのは……僕の方だ」  日向が膝の上に置いている手は夏場に似合わず、氷のように冷たくなっていた。  その両手の上に、朔夜のもう一方の手が重なる。 「俺は……坪内さんが消えて、正直よかったって思っているよ」  日向は目を開けると朔夜の肩に(もたら)せていた頭を上げるた。  いったい何を言っているのかと咎めるような目で、朔夜を見据える。 「さくちゃん、なんでそんなことを言うの? いつものさくちゃんらしくないよ」 「だって、坪内さんのせいで俺とおまえの仲が拗れたんだ。あの女さえいなければ、俺はおまえを失いかけるような、身の毛もよだつような怖い目に遭わずに済んだ。友だちを共犯者にしたり、傷つけることだってなかった」 「それは、」 「あの女が消えてくれたから、おまえがこうして生きていられる。おまえを傷つけよう、罰を与えようなんて馬鹿なことを考える虹橋さんのことは嫌いだ。けど、坪内兄妹がいなくなって清々しているっていう気持ちは、痛いほどわかるんだよ」  日向の手を放さないように、離れないように朔夜は両手で握りしめ、項垂れた。    *  植中小学校に転校生として坪内希美がやってきたのは、日向が小学校六年生へ上がる直前だった。  入学式の準備に駆り出された生徒たちは体育館で、入学式の準備をすることになっていた。  進級となり、新しい六年の担任がやってくるのを多くの生徒は、ウズウズしながら待っていたが…… 「こーちゃんのいとこぉ? さあちゃんみたいな平凡野郎はお呼びじゃないに五百円!」  募金活動があるとき以外、小学校に財布は持ち込み禁止だというのに絹香は校則を破り、がま口型の小銭入れから五百円を出した。  五百円が穣の机の上に置かれる。  疾風と鍛冶は、絹香が自分たちの賭けの味方になってくれたことを、じんわり感動していた。 「いーや、絶対違うね。オレはアルファである叢雲にアプローチを始めるに二千円だ」  角次、好喜の側へ衛がついた。  衛は五百円を四枚、接着テープのついた財布から出し、穣へ手渡した。 「うっしゃー! 衛、太っ腹」と角次が興奮気味に衛の背を叩く。 「ありゃりゃ、こんなに出しちゃっていい訳? 衛、今月ゲームと漫画、買えなくない?」  好喜は衛の懐事情を心配したが、衛はメガネのブリッジをクイと上げた。 「メガネをかち割ったからな、兄貴たちにゲームと漫画を買うのを禁止されちまった! どっちにしろ金があっても弟と妹たちに吸い取られちまう。たまには、こうやって散在するのもありだろ」 「よくねえよ、馬鹿!」  朔夜は衛の頭をバシン! と平手打ちした。 「人を賭けごとの対象にしてんじゃねえよ、てめえら。マジでありえねえわ」  そう言って、朔夜は穣の机にあった五百円玉をすべて募金箱へと投入してしまった。 「ひっでえな、叢雲。おれらのなけなしの小遣いに、なんてことすんだよ!」と角次がキレた。

ともだちにシェアしよう!