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第13章 坪内兄妹3

 教師が運動会の組分けを適当にくじでやったときも結果は同じだ。  何十回やっても朔夜と日向がペアになってしまう。  教師たちは、いくら人数の少ない町だとしても、これはおかしいと首を捻った。本人たちがくじでも引いているのならまだ説明がつくが、他人がやっても百発百中の確率でペアになってしまうのだから、ずいぶんとおかしな話だ。 「転校生、どんな子だろう。綺麗な子なんでしょ? 気になるね」と日向は前の席にいる朔夜に、そっと話しかけた。  朔夜が後ろを振り向く。 「んなもん興味ねえよ。綺麗っていうんなら、おまえんちの母ちゃんである明日香さんぐらいの美人さんじゃねえとな!」  朔夜が胸を張って威張るので日向は苦笑する。 「また、それ? そういう話じゃないってば!」 「なんでだよ、明日香さんが美人なのは事実だろ。うちの家族は全員明日香さんが『綺麗だ』って話してるぞ。おかげで兄ちゃんの目が超えちまったくらいだ。歴代の彼女、美人揃いなんだぜ?」 「もうその話し、耳がタコになるくらい聞いてあきちゃった。さくちゃんのおうちは、うちのお母さんのことを高く評価し過ぎだよ」  「それに、」 「それに?」と日向は、朔夜の言葉を待つ。  ――おまえの方が、ずっと綺麗だろ。  クラスメートの目もあるし、そんなドラマの男優が恋愛ドラマで口にするような歯の浮くような言葉を口にするのも気恥ずかしい。  ぶっきらぼうに朔夜は「なんでもねえよ」と答えた。「もうすぐ先生がくるぞ」  前を向く朔夜に対して小首を傾げながら、日向は朔夜のふわふわした鳶色の頭を見つめた。  すると新しい担任ではなく、光輝たちがぞろぞろと教室へ入ってきた。  先頭に立つ光輝が朔夜をちらと見る。それから日向の方へ目線をやって、ほくそ笑んだ。 「おはよう、みんな。今年からよろしくな」 「(みず)(しま)先生!」と子どもたちは、若い青年教師が新しい担任であることを喜んだ。  水島(きみ)(ひろ)は高学年を担当することが多い植仲町出身の教師だ。三年前に植仲小学校へやってきた。爽やかな見た目で、勉強や運動が苦手だったり内気な子どものこともよく見るし、やさしい性格をしているので大人からも子どもからも人気が高かった。  グレーのスーツに身を包んだ細身の青年が、教壇の上に出席簿を置き、クラスの中を見回した。 「小さい学校だ。どうせ朝礼でも同じことを言うし、長い自己紹介は簡略な」  「先生、太っ腹ー!」と角次が口笛を吹いて大喜びする。 「校長先生の長い話で足も、尻も痛くなるもんな」  衛の発言に、教室内の生徒たちは一斉にどっと沸いた。 「辰巳、そういうことは思っても口にするなよー。校長先生だって、おまえたちに話す内容を長いこと考えてきたんだから。ここだけの話だが、おれも欠伸を殺すのに苦労するけどな」 「せ、先生……転校生ってどんな子ですか?」  弱々しく手を挙げた鍛冶が公宏へ質問をすると「ああ、そうだったな」と公宏が教室のドアを開ける。  子どもたちはワクワク、ソワソワしながら転校生の出現を待っていた。  転校生が入ってきたとき、生徒たちは見とれて言葉をなくした。  漆黒のロングヘアに雪のように白い肌。理知的な黒く大きな瞳にすっと通った鼻筋。頬紅を塗ったような薄紅色の頬に赤く血色のいい小ぶりな唇。  まるで大輪の花――赤い牡丹――を思わせる華やかな容姿をした美少女だった。 「坪内希美さんだ。お父さんの仕事の関係で千葉からやってきた。みんな、仲良くしてくれよ。じゃあ、坪内さん、簡単に自己紹介を頼む。一言でいいからさ」 「坪内希美です。好きなことはお裁縫と手芸です。いろいろとわからないこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」  花がほころぶような笑みに男子たちの半数は、うっとりしていた。  なんだ、やっぱり明日香さんと日向の方が綺麗じゃねえか……と朔夜は、頬杖をつきながら希美のことを興味なさそうに、眺め見ていた。 「席は生徒会長である叢雲と学級委員の蛇崩の間な。あそこの空いた席」  希美のために用意された席を公宏が指差した。 「はい、わかりました」と希美は、澄んだ声で返事をし、自分の席へと向かって歩いていく。  角次は目をハートにし、鍛冶もぽうっとのぼせたような顔をして、希美の姿を目で追いかける。一部の男子は「なんだよ、朔夜のやつ羨ましすぎるだろ」と小さな声で愚痴をこぼした。 「おはようございます、どうぞよろしくお願いします」  希美は絹香と朔夜のふたりに挨拶をした。 「ええ、おはよう。よろしく」  絹香が挨拶をしたかしないかのうちに希美はランドセルを机の上に置き、左隣の朔夜へと顔を向ける。 「叢雲くん……ですよね。月に叢雲の“むらくも”と同じ漢字の名字ですか?」  じっと希美は朔夜の灰色の瞳を目にして、微笑んだ。 「ああ、うん。そうだけど」 「わあ、すてき! お名前にも月が入っているんですねえっと――」 「“さくや”って読むんだ。月のない夜ってこと。坪内さんがいやでなきゃ、無理して敬語で話さなくていいよ」 「ありがとう。“さくや”って、お星様がいっぱい見れる夜っていう意味?」

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