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第13章 坪内兄妹5

「はっ、えっ? 何?」  告白をしたことはあっても、されたことは一度もない朔夜は狼狽する。 「聞こえなかった? 彼女にしてって言ったの。駄目?」  朔夜は瞬きを繰り返した。  好意を寄せられてうれしくないと言えば嘘になる。が、自分には日向という魂の番がいる。出会ったばかりのよく知らない女子に好きだと言われても、戸惑うだけだ。  今すぐ断らなくてはと思うものの他の生徒の目が気になるし、何よりなんと断ればいいのかがわからなくて、困り果ててしまう。そこで、はっとなって日向の方へと顔を向ける。  ポカーンと口を開けて日向は、朔夜と希美のことを凝視していた。  ベリッと音でも鳴りそうな勢いで絹香が、朔夜から無理やり希美を離す。 「ちょっと蛇崩さん、何をするの!?」と希美が眉をつり上げる。 「『何をするの!?』じゃないわよ。あんたが、さあちゃんの恋人に立候補? 駄目に決まっているでしょ! 身のほど知らずな態度もいい加減にしなさいよ」 「何、あなたも朔夜くんのことが好きなの?」 「はあ?」  絹香は希美に対して嫌悪感をあらわにする。 「んな訳ないでしょ! こいつはただの幼なじみ。出来の悪い弟みたいな存在よ!」 「だったら蛇崩さんの口出しすることじゃないわよ。ねっ、朔夜くん」  そうして希美は朔夜に微笑みかけ、朔夜の手を両手で握った。  こめかみに血管を浮かび上がらせた絹香が、ぼうっとしている日向の手首を引っ摑んだ。そうして日向は希美の反対側である朔夜の左横に移動させられる。 「さあちゃんには、ひなちゃんがいるの! ふたりは魂の番なんだから、あんたの出る幕はない。横槍を入れないで。さあちゃんとひなちゃんもなんか言いなさいよ!」 「えっと……」と日向は眉をへにょりと下げて口ごもってしまう。  そんな日向の様子を目にして、朔夜の胸は針で刺されたようにジクジク痛みを感じた。朔夜はバツの悪そうな顔をする。 「そういう訳だからさ。坪内さんの気持ちはありがたいし、うれしいよ。でも、応えられない。友だちとして――」 「でも、朔夜くんは恋人がいるとは言わなかったもの。ねっ、碓氷くん」  にっこりと希美は日向に笑いかける。 「碓氷くんは朔夜くんの魂の番でも、恋人ではない。そうでしょ?」  こいつと絹香が舌打ちをする。  朔夜は希美に揚げ足をとられたことに気づき、日向のほうへと目線をやる。  表情を曇らせた日向は「う……うん」と希美に返事をした。 「じゃあ、わたしの邪魔をしないでね」 「えっ?」  困惑顔の日向が希美のことを見つめる。 「言ったでしょ。わたし、朔夜くんのことが好きなの。でも、あなたは朔夜くんの魂の番だけど彼を恋愛対象として見ていない。だから恋人じゃないんでしょ。だったらライバルじゃないんだから、わたしのことを応援してくれるわよね」 「それは……」  どうしたらいいのか迷っている様子の日向を見て、朔夜は胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなった。  朔夜は逃げるように希美の手を退けた。 「悪いけど俺、祝辞の練習もあるから先行くわ」 「えっ、朔夜くん!?」 「何よ、振られてるんじゃない。ざまあないわね」と絹香はニヒルな笑みを浮かべて、希美のことを罵ってた。  きっと鋭い視線を絹香に向けると希美は、朔夜を追いかけて教室を出ていった。 「ったく、なんなのよ、あいつ。生意気な女!」 「絹香、怒りすぎよー」  頭をかっかさせている絹香を、どうどうと洋子が宥める。 「なんだか強烈な人だったわねー。さあちゃんには、ひなちゃんがいるのにー」 「そうよ! ひなちゃんったら言い返さないの……って、ひなちゃん!? 具合悪いの?」  日向の顔色は真っ青になっていた。  日直である疾風が「保健室に行くか?」と日向に声を掛ける。  しかし日向は首を横に振る。 「平気ー? 休んだほうがいいんじゃないのー?」 「大丈夫だよ、ちょっと目眩がしただけ」 「まあ、あんな変なことを言われれば目眩もするか。とりあえず体育館のほうまで行きましょうよ。他の子も行っちゃったし」  そうして四人は体育館へ向かった。    *  朔夜はパイプ椅子を運びながら重々しいため息をついた。  体育館で新任の教師の説明を受け、希美の紹介が済むとさっそく全校生徒で入学式の準備に取りかかることになった。  その間も、希美は暇を見つけては朔夜に話しかけてきたり、朔夜の名前を呼んだりしてきたのだ。  下級生は朔夜が美少女の転校生に気に入られていることにびっくり仰天していた。 「なんで魂の番がいるのに?」と眼差しで問われ、一部の男子からは「よりによって朔夜みたいな容姿が平凡な男が好かれるのかよ?」と責められ、やっかまれた。 「朔夜ったら、いいよなー。坪内さんみたいなかわいい子か好かれて。モテ期到来じゃん」  朔夜とともに来賓客用のパイプ椅子を運んでいた好喜が茶化す。  苛立っていた朔夜は好喜の(すね)にゲシゲシと足蹴りを入れる。 「ちょ、痛いって! いった……何するんだよ!」 「うるせえ、こっちは迷惑極まりねっつーのに。羨ましがってんじゃねえよ」

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