137 / 150
第13章 坪内兄妹6
「だって、超絶美少女にアピールされるてるんだぜ! 普通の男だったら涎 もんだぞ!? おまえの場合は碓氷がいるから複雑なんだろうけどさ。ていうか、坪内さんのバース性ってなんだろうな?」
「んなもん知るかよ」
「オメガだったら両手に華だぜ!? うれしくないのかよ?」
ベータである好喜の意見に朔夜は、ため息をついた。
アルファの中にも魂の番や番を持つことよりも、より多くの女やオメガの男と性的関係を築くことを優先する好色者がいる。
ベータの男からすれば、そんなアルファの男はまさに憧れの的。
オメガの男女の中には苦しい生活を抜け出すために、そのようなアルファに囲われることを自ら望む者がいるのも知っている。
だが、アルファの多くは唯一無二の存在となるオメガを求めている。だから魂の番などという一生に一度出会えるかどうかもわからない運命の相手を血眼になってさがすのだ。
朔夜にとって日向は魂の番であり、崖っぷちの人生を薔薇色に変えてくれた人生の恩人でもある。
砂場で転んだ日向を助けるために手を差し伸べたが、本当に助けられたのは朔夜のほうだった。
親族や光輝たちからのけ者にされ、兄からも家族として認めてもらえず、透明人間だった自分に居場所をと存在理由を与えてくれた。
だから、どんなに容姿や内面が優れた人徳のある人間が現れようと、朔夜には日向しか見えない。
バース性をオメガからアルファに変え、救ってくれたのは、この世で碓氷日向だけ。
そんな大切な人を蔑 ろにできるわけがなかった。
「俺は日向以外は、いらねえんだよ。それに面倒ごとには巻き込まれたくねえ」
「そりゃあ碓氷は美人だし、いい子だよ。けど、オメガとはいえ……男だろ」
「そんなことは関係ねえんだよ。あいつさえいてくれれば、それでいい」
「ふーん、そういうもんかね?」
「そもそも坪内さんが、俺なんかを選ぶ理由がわかんねえ。なんか裏があるんじゃねえかって考えちまう」
「裏? いやいや、ないっしょ!」と好喜は、朔夜の杞憂を笑い飛ばす。「蓼 食う虫も好き好きだ。坪内さんは朔夜の何かが気にいったんだろ。まあ、顔も、性格も悪いおまえが選ばれる理由はアルファってこと以外ないよなー」
悪意なく好喜は思ったことをツラツラと連ねた。
思わずイラッと来た朔夜は好喜の頭を引っ叩く。
「ぎゃっ」
「おまえ、俺の味方だったんじゃねえのかよ? なんなんだよ、さっきから……」
「うるせえ、今日からおまえは敵だ!」と好喜が、がなる。「モテナイ男同盟からおまえは脱退だ。マジで贅沢過ぎるぞ!? 女子から好かれない男たちのことを少しは考えろ!」
ぎゃあぎゃあ怒鳴る好喜を放置し、朔夜は舞台下からパイプ椅子を出している男性教諭から椅子を受け取りに行った。
嘘でもいいから坪内さんの言葉を日向に否定してほしかった。
「さくちゃんは僕の魂の番だよ。僕のアルファなんだから、坪内さんは盗っちゃ駄目!」と言ってくれることを勝手に期待して、落胆している。日向が自分を恋愛対象として意識していないこと、ぜんぜんヤキモチを妬いてくれないことに、裏切られた気分でいる。
魂の番。
それ以外に俺と日向を結びつけるものは何もない。
体育館の外から色鮮やかな花々の入ったカップを取ってきて花道を作っている日向へと、朔夜は目線を向ける。
嫌われてはいない。むしろ好かれている。だれよりも信頼されている。
でも日向にとって俺は、弱い人間を助けるヒーローでしかない。
魂の番であるアルファとしても、男としても意識されていない。
だが朔夜は、自分にも責任があることをよくわかっていた。
幼稚園のときに花の指輪を渡した。自分たちが魂の番であり、日向が「特別」がであることを伝えた。将来結婚しようと約束をした。それ以来、日向に約束の確認を何度もしている。
しかしながらに朔夜は「好き」という言葉を使って、日向に思いを伝えたことが一度もなかったのだ。
朔夜は、自分と日向の「好き」が、まったく違うものであることを理解していた。だから「番となり、結婚をする前に恋人になってほしい。付き合ってほしい」と告白をすることができなかったのだ。
いずれ日向が発情期を迎えたら項を嚙む。
だが、それで日向の心が遠く離れてしまうのが、怖かったのだ。
不本意な形で好きでもないアルファと番になり、妊娠して苦しむオメガも多いという話を、朔夜は聞いていた。
両親からも「日向くんがちゃんと朔夜のことを好きになるまで唇にキスしちゃ駄目」と耳がタコになるくらい言い聞かされていた。
昔から朔夜と日向は仲がよかった。手をつないだり、ハグをして、頬にキスをすることがあった。アルファとオメガといえど同じ男。互いの家に泊まり、一緒に風呂に入って、同じ布団で寝ることもあった。
日向と触れ合うと朔夜は、やさしい気持ちになれた。
本を読んでいるときや、友だちと遊んでいるときに悲しい気持ちがなくなる。でも本を読み終えたり、友だちと離れてしまうと忘れていた悲しみが押し寄せてくる。
だが日向と一緒にいるときは違う。
ともだちにシェアしよう!