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第13章 坪内兄妹7

 離れている間も温かい気持ちでいられる。一秒でも早く日向と会えることを望むほどに、明日が来るのが待ち遠しかった。会いたい気持ちでいっぱいになり、お日様のような笑顔を見たいと願う。悲しい気持ちや、つらい記憶が入り込む余地など微塵もない。  しかし、朔夜のほうが先に大人に近づいてしまったので以前のようにスキンシップをとることができなくなった。  色事に疎く初心で鈍感な日向は、朔夜の心理状態を理解できないまま、朔夜と距離ができてしまったことを悲しんだ。  こればかりは朔夜にもどうしようもない。  自分のことを尊敬し、友だちや恩人のように慕う日向に劣情を抱いている。  好きな人に触れられたり、触れるだけで心臓が高鳴る。もっと触れたい、近づきたい。  なけなしの理性でアルファの男としてえの本能を押さえつけていないと、オメガとしても男としても未成熟な日向に何をするかわからない。そんな自分がひどく気持ち悪くて、日向に申し訳なくて朔夜は日向に触れられなくなってしまったのだ。  早く日向に恋愛対象として見られたい。同じ「好き」になって求めてほしい。  それは、もっとも純粋で、もっとも叶えるのが難しいわがままだった。  恋人となって日向とふたたび手をつないだり、ハグやキスをしたい。いずれはその先に進みたい。でも拒絶はされたくないから「好き」と言えない。「付き合ってほしい」と告げて困らせるのも、断られたり、同情や魂の番だからという理由で恋人になられるのもいやだった。  まだ幼さゆえの臆病さが、朔夜に二の足を踏ませていたのである。  日向はチラリと朔夜のほうを、うかがった。二階のテラスでテープリールや造花を飾りつけている希美が朔夜に話しかけ、手を振っている。  その光景を目にすると異様に胸がモヤモヤする。日向は胸元のシャツを摑んだ。 「日向くん、どうしたの? なんだかぼうっとしてるみたい」 「空ちゃん」  空は花を置き、希美と朔夜の様子を眺めた。 「ふたりのことが気になる?」 「……うん、なんだか変な感じがするんだ」  ふたりはふたたび外へ向かいながら、話を続けた。 「さくちゃんを好きになる女の子がいることにビックリした。今まで、さくちゃんが女の子から告白されたなんて話は一度も聞いたことがなかったから」 「それは、日向くんがいるからだよ」 「ぼくが?」と日向は自分を指差した。 「うん。だって、日向くんと朔夜くんは魂の番でしょ。将来、番となる運命の赤い糸で結ばれているアルファとオメガを引き裂こうとするベータの女の子は、早々いないよ。憧れの存在だもん」  そういうものなのかと、日向は他人ごとのように洋子の話を耳にする。 「何より、朔夜くんの目に映っているのが日向くんだけだって、この町の女の子はわかているから」 「そうなの?」と困惑しながら日向は、洋子に問いかけた。 「朔夜くんは、嘘をつかないからすごくわかりやすい。日向くんは当事者だから気づかなかったのかも。第三者だから、わかるものがあるんだと思う。それより、いいの? 坪内さんのこと、あのままにしておいて」  すると日向は足を止めてしまった。 「どう、だろう……」と小さな声でつぶやく。 「朔夜くんに限って、坪内さんを好きになる可能性は低いとは思うよ。けど、このままじゃ坪内さんが変な勘違いをしちゃうかも。その関係で絹香ちゃんたちとトラブルに発展しそうだし。朔夜くん、女の子に対して口下手なところがあるから、ちゃんとハッキリさせておいたほうがいいんじゃない?」 「でも、ぼくとさくちゃんは恋人じゃないし」 「坪内さんが朔夜くんと仲良くしているのが、いやじゃないの?」 「……本当は少しだけ、いやだなって思う」  表情を曇らせる日向を目にして、空はは静かに目を瞬いた。 「隣りにいるのが当たり前になってたけど、さくちゃんはアルファだもん。……バース性の二次検査をしてないし、はっきりとは言えないけど、叢雲のおうちの人だからバース性がアルファで定着しると思う。これから先、坪内さんみたいに魅了される女の子が増えていっても、ぼくは口出しする権利がないよ」 「権利ならあると思うけどな。魂の番なんだから」  空の励ましを受けても、日向は冴えない顔をしていた。 「だったら日向くんから朔夜くんに告白して、恋人になればいいんじゃない?」と目を細め、やわらかな笑みを空は浮かべた。  目から鱗が落ちるような表情に日向はなった。 「僕から……?」 「そう。番になれないし、結婚もできないんだったら、恋人になればいいんだよ。日向くんが朔夜くんのことを好きなら大丈夫。朔夜くん、日向くんのことが大好きだもん。きっと大喜びすると思うよ」 「じゃあ、どうしてさくちゃんのほうから言ってくれないんだろ……?」  小声で日向はつぶやいた。  日向の言葉を聞き取れなかった空が「今、なんて言ったの?」と訊き返す。  しかし日向は首を横に振る。 「なんでもないよ。話を聞いてくれてありがとう。空ちゃんのアドバイスの通りにやってみるね」

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