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第13章 坪内兄妹8
新しい花のプランターを教師からもらうため、日向は外へ向かった。
そもそも日向には恋がどんなものかよくわからなかった。
大人のカップルであればディープキスをしたり、身体をつなげることを漫画や小説、ドラマ、映画といった娯楽メディアで知っている。大人でなくても高校生や大学生が、親や保護者に隠れて恋人たちとそういうことをしているのも知っている。
たしかに小学生のカップルもいる。
絹香が朔夜のいとこで一学年上の和泉と付き合っているし、洋子が父親の部下の子どもとデートをしている話も聞く。
ふたりとも彼氏と手をつないでデートをしたり、ほっぺや額、唇にキスをし合ったり、ハグをするそうだ。
しかし、それはあくまでも男女の話。
男同士で付き合っている人間は植中町にはいない。たとえいたとしても、だれも公言しない。
魂の番である朔夜と日向が、男女のように付き合ったとしてもおかしくない。アルファとオメガなのだから、それは自然の摂理だ。
だが実際は――日向の父親である雪緒のように、アルファだとしても同性愛を嫌悪する人間がいる。
ベータである光輝たちから「カマ野郎」だとか「女みたいに生理があるのか? 『あたしねえ、今日、お尻から出血してご機嫌ななめなのー』」や「ケツの穴から、うんこみたいにガキを産むのかよ。キモ」と、からかわれるのはしょっちゅうだ。
空の言う通りだ。朔夜に告白をし、恋人になればすべてが丸く収まり、万事うまくいく。
でも日向は朔夜のことを恋愛対象として見ていなかった。見ることができなかった。
幼稚園に通っていたときは朔夜と手をつないだし、額に口づけてもらったりもした。「元気の出る魔法」として互いの身体を抱きしめあうこともした。よくわからないまま将来番となり、結婚をする約束もした。
だが、大人に近づくにつれて日向は、自分の好きと朔夜の好きが異なることに気づいた。
朔夜のことが好きだ。朔夜に何度否定されようと彼のことを一番の友だちだと思っているし、憧れの存在だ。でも朔夜と恋人となり、デートをして手をつなぐことも、キスをすることも、恋人として抱きしめあう姿も想像できなかった。
ましてや大人となったら、男である自分が獣のように発情してアルファを求めるなんて信じたくなかった。見知らぬアルファの男や女に身体を好き勝手に扱われるなんてもってのほか。かといって魂の番であるアルファの朔夜を女性のように受け入れ、番となり、子どもを生むことにも生理的な嫌悪感を感じていた。
オメガとして子どもを出産できる身体をしていても、どんなに女のような顔をしても自分は男だと日向は自負していたのだ。
事実、日向は同性である朔夜ではなく異性である女の子に胸がときめく。
朔夜のことをかっこいいとは思っても、それは同じ男として、この人のような人間になりたいという気持ちからだ。
剣道を習い、ベータやアルファと試合をして勝つこともできるどに剣道が上達して強くなった。
光輝たちから、ひどい言葉をかけられることはあっても、物理的ないじめを受けることはなくなった。
べつにさくちゃんが坪内さんと付き合っても変なことじゃない。ぼくは漫然と朔夜に守られ、庇護される女の子じゃない。お姫様なんかじゃない。ましてや奥さんや、子どものお母さんになんてなりたくない。
お父さんはアルファだからって、オメガであるお母さんにひどい言葉をかける。態度も悪いし、手を上げることだってある。オメガであるぼくよりも、アルファとして生まれたいとこのお姉さんのほうを可愛がる。
アルファだからって言い訳してお母さん以外の男とも、女とも浮気をして家になんか、ほとんど帰ってこない。それなのに帰ってくると家主だといわんばかりに傍若無人に振る舞う。お母さんや、おじいちゃん、おばあちゃんに育てられているぼくは「躾」がなってないと殴り、怒る。
そんなお父さんも最初は、やさしかったそうだ。
ぼくが生まれてから少しずつ今のような状態に変貌したんだって。
そもそも魂の番だったお母さんと、さくちゃんのお母さん が番にならなかったし、結婚をしなかった前例がある。だから、ぼくとさくちゃんが番になる必要だってないんだ。番にならなかったけどお母さんも、おばさんも仲がいい。さくちゃんは「おまえは友だちじゃない」って今でも言ってくるけど、友だちでいるほうがずっといいことに気づいてないから、そんなことを言うんだ。
ぼくは、いつもお父さんに泣かされているお 母 さ ん みたいには、絶対ならない。やさしいさくちゃんが結婚して、怪物になる姿なんて絶対に見たくない。
だからアルファと番にならないし、結婚なんかしない。
子どもなんて生みたくない。
*
入学式の準備が終わった後も、あれこれ希美に話しかけられ、ベタベタされた朔夜はゲッソリとしていた。
日向に話しかけようとしても邪魔され、かといって日向も希美のことを苦手に思っているのか、自分のところへ近寄ろうとしてこない。話しかけようとすらしない。
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