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第13章 坪内兄妹10

 朔夜は口をへの字にして燈夜の背中を睨みつけた。 「第一、叢雲の当主は、おまえと自分の娘が婚約することを望んでるんだぞ。日向くんと番になれたとしても、結婚はあの連中が許さないだろ」 「俺が、あんなヒヒじじいたちの言うことなんて聞くわけねえだろ! 父ちゃんや母ちゃんだって日向が義理の息子になるのを悪く思ってねえんだ。兄ちゃんだって日向のことを嫌ってねえだろ?」 「まあ、そうだな。日向くんみたいな子が義弟(おとうと)になってくれたら、うれしいよ。けど――当主の言葉は絶対だぞ?」 「んなもん知るか。第一兎卯子は幼稚園児だ。それこそガキもガキ。興味なんかねえよ! 俺が結婚してえのは日向だけなんだ」  ため息をつきながら燈夜はクローゼットのドアを閉めた。ティーシャツにジーンズとラフな格好に着替え、畳の上のスクールバックを机の横のフックに掛ける。 「じゃあ正攻法で行けよ。日向くんに恋愛対象として見てもらえるまで、とにかくやさしくして、アプローチをする。それ以外にないだろ」 「だって……」と朔夜は唇を尖らせた。 「日向くんだって男として、オメガとして成長すれば、おまえのことを意識するようになるかもしれないんだ。おまえばかり先走ってどうする。少しは待ってやれよ」  燈夜が振り返れば、不服そうな様子で眉間にしわを寄せている朔夜がいた。 「まあ、日向くんがおまえをアルファの男として認識しないのも仕方ないよな。幼稚園のときから一緒にいるやつを、今さら恋愛対象として見るのは簡単なことじゃない」 「なんでだよ、俺は出会ってからずっと日向のことが好きだぞ?」  それがおかしいんだよと燈夜は心の中で毒づいた。  小学生の中学年や高学年が魂の番と出会い、相手を認識するというのは、おかしな話はではない。身体がアルファやオメガとしての準備を始めているからだ。しかしながら未就学児が魂の番を認識する話は異例中の異例。  しかも魂の番であるはずの日向のほうは朔夜を出会った当初から現在進行系で、魂の番と認識していない。  やっぱり自分の弟は、どこか普通のアルファやオメガと違うのではないだろうかと不審に思いながら、燈夜は階段を下りていった。  その後ろを朔夜がついていく。 「おまえ、元・オメガじゃん。いつの間にかバース性がオメガに戻ったんじゃないの? だから日向くんからも好かれないし、男として認識してもらえないんだろ」 「んなわけねえよ、俺はアルファだ! 兄ちゃん、冗談でも言っていいことと悪いことがあんぞ!? それに俺がオメガに戻ってたりしたら、兄ちゃんや母ちゃん、絹香が気づくだろーが」 「それもそうか……けど、おまえチビじゃん」 「うるせえ! 人の気にしていることを、いちいち指摘すんな」  アルファは男女関係なく体格に恵まれる。だから燈夜も身長が177センチメートルあるし、母親の真弓も165センチメートルと背が高い。祖母の(あずさ)も歳を取って背が縮んだといいながら157センチメートルある。  一方、朔夜は、160センチメートルと背の低い耕助に似たのか、142センチメートルだ。  女でアルファの絹香はすでに155センチメートルだし、クラスの男子の中でも五番目に小さい。  昔は朔夜のほうが少しだけ背が高かったのに、今じゃ日向のほうが145センチメートルと背が高い――その事実を朔夜は不満に思っていた。  コンプレックスである身長のことをからかわれて朔夜は顔を真っ赤にし、かっかする。 「俺だって中学に上がればなあ、もっと身長が伸びるんだよ! 日向が『さくちゃんって背が高い、カッコいい』って見上げるくらいになるし、兄ちゃんよりもデカくなる!」 「はいはい、そうだといいですねー」 「クソ、見てろよ! 後でギャフンと言わせてやるからな!?」 「ったく、かわいげのないやつ。おまえが妹なら面倒見るのも、率先してやるのに……なんで小生意気で口うるさい、弟の面倒なんか見なきゃいけないんだか」と燈夜は文句を口にしながら、冷蔵庫から卵やネギ、ハムを取り出す。 「かわいげのない弟で悪かったな!」  朔夜はがなりながら、燈夜が渡してきたネギを受け取り、包丁でみじん切りにする。 「マジありえないわ。昼飯作る気失せた。おまえがひとりでやれよ」  燈夜は冷蔵庫に入っていた牛乳をカップに注ぎ、ゴクゴクと飲み干した。 「へえへえ、わかりましたよ! 俺も、兄ちゃんのクソまずい焦げた飯なんか食いたくねえっつーの」 「ほんとムカツク。それで、おまえのことを好きになった悪趣味な転校生の名前はなんていうの?」 「坪内、坪内希美さん。家の面積をなん坪って数える『坪』に、内側・外側の『内』。小説家の苗字と一緒。ここら辺じゃ、めずらしい苗字だよな。千葉からやってきたんだって」  席についている兄に大声で答えながら割った卵を菜箸で溶く。  次にコンロの火をつけ、油を引いた鉄のフライパンを温める。 「おまえのところもか?」  切ったネギを炒めながら朔夜は燈夜のほうへ顔を向けた。 「何、兄ちゃんのところもツボウチっつー苗字の転校生が来たわけ?」 「ああ、坪内昴明ってやつがな。……いけ好かないやつだよ」

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