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第14章 じれったいふたり1
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入学式が終わり、通常の授業が始まってからも希美は朔夜にベッタリだった。
すでに何度もやんわり断っていたが「だって恋人はいないんでしょ? だったら朔夜くんの番ができるまで好きでいさせてよ」と言われ、朔夜は何も言えなくなってしまうのだった。
日向は希美に対して苦手意識をもっていた。そして希美も日向のことをあからさまに嫌悪していた。
最初はいつものように朔夜へ話しかけていた日向も、希美に邪魔者扱いをされたり、話の最中に割り込まれたりしているうちに、朔夜に話しかけなくなってしまったのだ。
日向が自分を恋愛対象として見てくれなくても、何気ない日常のできごとを喋ったり、グループで遊んだりしてきた。たとえ魂の番であるアルファとして意識されなくても、以前のように触れることができないことをアルファの男としての本能が悲痛に叫んでいても、日向に「さくちゃん」と呼ばれ、頼られたい。父親に愛されず悲しい顔をしている姿を見るよりも、みんなで馬鹿をやって楽しんでいる姿を見られれば、救われた。胸がしめつけられるほどに切なくなると同時に幸せな気持ちになれた。
だが希美が現れてから、そのささやかな願いもかなわなくなってしまった。
ここ最近の日向は困ったような顔をしてばかりいる。半笑いすることが増え、元気がない。しょげている姿ばかりを目にする。
そんなだから、同じアルファである絹香に嫌味を言われた。
「魂の番であるオメガはそっちのけで、ぽっと出の女のほうがいいんだ。あんたが、そんなやつだとは思わなかったわ」と無視され続けている。日向の友だちである疾風や鍛冶たちからも白い目で見られ、ほかの子どもたちからも希美を選んだという噂をされ、朔夜は肩みの狭い思いをしていた。
唯一、よかったことといえば、希美に兄弟がいるかと訊いて「兄弟はいない」と答えたことだ。兄である燈夜が言っていたことが、ただの杞憂で済んだことを心から安堵した。
アルファである希美が日向をいじめていない。それだけでも御の字だと朔夜は自らに言い聞かせた。
ハアー……と大きなため息をつき、朔夜はサッカーボールの入ったかごにもたれかかった。
「なんだ叢雲、ずいぶんとお疲れな様子だな。腹でも減ったのか?」
「それもそうだけど、衛」
「ん、なんだ? スーパーに行ってコロッケでも買い食いするか? おばさんにバレて叱られても――」
「日向に悲しい顔ばっかさせてる。どうしたらいい?」
衛は、手に持っていたサッカーボールをかごの中に入れ、朔夜を茶化すのをやめた。
「喋れねえのがつれえ。ちゃんと坪内さんを断れねえ俺が悪いのはわかってるよ。でも、ぜんぜんこっちの話しなんか聞かねえし、『やめてくれ』って言っても『何言ってるの?』って言われるだけで、マジで“馬の耳に念仏”だしさ。どうすればいいんだろ?」
「叢雲……」
「日向の声を聞きてえし、笑った顔が見てえのに、なんで上手くいかねえんだろ。……俺が、あいつのこと、苦しめてるのかな?」
すっかり気落ちして、情けない表情を浮かべている朔夜の肩を抱き、衛は慰めた。
「おまえはおまえなりに坪内さんのことを思って、やんわり言ってるんだけどな。日ノ目たちみたいに同じ男から敵意を向けられてたら対処の仕様もあるが、相手は男たちからも人気の高い美少女だ。おまえに好意があるんだから、なおさら邪険にはできないよな。引っ越してきたばかりだし」
「ああ……なんで俺なんかに執着するのか理解できねえ。バース性がアルファでも、元オメガである落ちこぼれのアルファだ。坪内さんは何か勘違いしてるんだよ」
「そこら辺はなんとも言えないが……彼女も、おまえのことを諦めるつもりはないみたいだからな。もう、おまえから玉砕覚悟で碓氷に告っちまえよ。大丈夫だ、骨なら全部拾ってやる」
大きく舌打ちをして朔夜は衛の腕をどけた。
「日向が俺の気持ちに応えてくれるわけねえだろ! 第一、もし奇跡が起きて、日向と思いが通じたとしても、そんなことを知ったら坪内さんがよけい付きまとってくるようになるだけだろーが」
「まあ……あれだけおまえがいやがっていても、無理矢理我を通す人だからな」
「俺が元オメガの情けねえやつじゃなければ、日向も俺のことをアルファとして、男として見てくれたんかな? 好きな人に好きになってもらうのって、こんなに難しいんだな」
そうして朔夜は備品倉庫の外に出ていった。
どこか寂しそうな朔夜の背中を見つめながら衛は「案外、そんなこともないと思うけどな」とつぶやいた。
だが、朔夜は心ここにあらずな状態で、衛の漏らした第三者の意見を聞き逃していたのだった。
「衛、何してんだよ? とっとと帰るぞ」
「ああ、悪い、悪い」
そうして朔夜は備品倉庫の鍵をかけた。職員室へ鍵を返しに行こうとしている朔夜の腕を、衛はガッシリ摑んだ。
「とりあえずさ、調理部のほうに行こうぜ。洋子が今日はマフィンを作るって言ってたんだ。急がないとほかの連中に取ってかれちまう!」
衛は、怪訝な顔をしている朔夜のことを引っ張った。
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