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第14章 じれったいふたり2
「なんだよ、衛」
「鍵を返しに行くのは後回しでも大丈夫だろ?」
「あのなあ……洋子から菓子をもらう口実を作るために俺を利用するな!」
「利用だなんて心外だ。おまえだってバニラアイスが好きなんだろ? 甘いものは苦手じゃないはずだ」
「……それは……あくまで、例外であって……」
日向からバニラのような香りがするからバニラアイスが好きだなんて口が裂けても言えない。朔夜は口ごもった。
調理部には日向がいる。今すぐ日向に会って話したい気持ちと、会いに行っても日向が逃げてしまうだけだという矛盾した気持ちが、朔夜の胸中で渦巻く。二の足を踏んでいる朔夜のそんな心情を知ってか知らずか、衛は「ウダウダ言ってると、他の運動部のやつらに取ってかれちまってもいいのか? 行くぞ」と有無を言わせぬ様子で朔夜に凄んだ。そして朔夜は衛に引きずられていった。
家庭科室の前にはすでに人だかりができていた。
野球部の穣、好喜、角次とバスケ部の絹香、バドミントン部の鍛冶、疾風がすでにいた。
ほかの学年の子どもたちも甘くて、香ばしい香りに惹かれてきたのだろう。遠巻きにしながら「いいな……」とうらめしそうな目をして家庭科室のほうを見ている。
「あら、あんたたち、ずいぶんと遅かったじゃない」
髪の毛をポニーテールにした絹香が、衛と朔夜に話しかける。
「ああ、今日は片付け当番だったからな。後、叢雲のやつが、こっちに来るのをいやがったんだよ」
「おい!」と朔夜は隣にいる衛を肘で突いて黙らせようとする。だが、ワンテンポ遅れてしまったため、衛の言葉は全部絹香の耳に入った。
目をすがめて、絹香が薄笑いを浮かべる。
「へえー……さあちゃん、どうしたの? いつもクラブのある日は、家庭科室に一番乗りなのに。何か、不都合なことでもあった? たとえば――顔を合わせにくい人がいるとか」
「そっ、そんなんじゃねえよ!」と朔夜が、がなり声をあげる。
絹香はグイと朔夜の腕を摑み、耳元で囁いた。
「あいかわらず嘘をつけないのね。あんた、ひなちゃんを悲しませて、何がしたいわけ?」
「うるせえな、おまえには関係ないだろ」
「あっそ。あたしもアルファだってことを忘れてない? そうやってひなちゃん のことを悲しませるんだったら、あたしがもらっちゃうわよ」
即座に険しい顔つきをして、朔夜は怒りをあらわにする。
「ふざけんなよ。冗談でも言っていいことと悪いことが……」
だが、絹香は摑んでいた朔夜の腕を離し、洋子と日向のところへ行ってしまう。
「洋子、ひなちゃん。美味しそうなものができたわね」
「そうなのよー。といっても、今回はわたしがメインで作ったのー」
「あら、めずらしいじゃない」
「でしょー? ひなちゃんったら、ずーっとぼうっとしててね。卵を割るときに殻がたくさん入っちゃったしー、混ぜてた生地も一回床に落としちゃったのよー」
「ひなちゃん、大丈夫?」と絹香の声がして、朔夜は日向のほうへと目線を向ける。
「うん、大丈夫だよ。なんか、あんまり具合がよくないっていうか、調子が出なくて……ごめんね、洋子ちゃん」
「わたしのことは気にしないでー。早く元気になってねー」
困り顔のまま、ぎこちない笑みを浮かべている日向を目にして、朔夜の胸はぎゅっと締めつけられるような痛みを発した。
ちょうど六時限目の終了を告げるチャイムが鳴る。
下級生たちはあわてて自分たちの教室へと戻り始め、家庭科室にたむろっていた六年の子どもたちも階段のほうへと移動し始める。
「あっ、いっけなーい。わたし、飼育当番忘れてたー!」と洋子がめずらしく大きな声を出した。
「ちょっと何してるのよ、洋子。鶏たちがおなかを空かせてるじゃない」
「だよねー、絹香」
何を考えているのかよくわからない顔をした洋子が、ズイと朔夜に顔を近づける。彼女から気迫を感じて朔夜は、たじろいだ。
「なっ、なんだよ……」
「さあちゃん、鍵、返しに行くのー?」
「あ、ああ。そうだけど」
「わたしが代わりに行ってきてあげるー。その代わりにー、洗ったお皿、片付けといてー。ひなちゃんと一緒に、よろしくねー」
朔夜と日向は同時に「「えっ!?」」と戸惑いの声をあげる。
「先生、こんなのありかよ? 俺、調理部じゃないんだけど!?」
すぐに朔夜は直談判した。
しかし調理部監督の教師は、洋子と絹香から日向と朔夜がケ ン カ をしていて、なかなか仲直りがでてきていないという話を聞いていたものだから……「オッケーよ。朔夜くん、日向くん、早く仲直りしなさい」と洋子の言葉に賛同する。
そんなことをつゆも知らない朔夜と日向は、ひどく頭が混乱し、動揺していた。
「ありがとーございまーす」
「というわけで鍵、もらってくわよ。さあちゃん」
ぼうっと突っ立っている朔夜から鍵を引ったくると、絹香は洋子とともに猛ダッシュで家庭科室を出ていった。
「じゃあ、先生は一旦職員室に戻るわね。十分後には戻ってくるから。それまでには片付けを終わらせて、教室に帰るのよ」
ふふふと口元をにやけさせて笑いながら教師も出ていってしまい、朔夜と日向はふたりきりになった。
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