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第14章 じれったいふたり4
顔を上げると日向はムッとした顔をして朔夜の灰色の瞳を見つめた。
「その言い方はないんじゃないの」と言う姿に、朔夜は苛立ちを募らせていく。
かわいさ余って憎さ百倍。
どうして、そんな残酷なことを口にするのかという怒りや、日向にはどうあっても恋愛対象として見てもらえないという悲しみで胸がいっぱいになっていく。
「いくらなんでも、おまえ、ひでえよ。なんで魂の番であるアルファにそんなことが言えるんだよ……」
「魂の番だから何? お父さんは同性愛者であるアルファとオメガを差別する。叢雲のおうちだってオメガを見下して、アルファがオメガと番うのをいやがるんでしょ。そんな状態でぼくらが番になれると思う?」
淡々とした口調で事実を口にする日向に、朔夜の怒りと悲しみは深まっていくばかりだった。
「そんなの全部、関係ねえだろ! おまえが俺を好きになってくれれば、すべて解決する。だって俺たちは番になるために生まれてきたんだ。俺らが番になれば、どんなに離そうとしたって、離れられねえ。大人たちだって手出しなんかできねえんだ!」
「無駄だよ」
熱心に己の思いを伝えようとしている朔夜を、日向はバッサリと切り捨てた。
「たとえ僕とさくちゃんが番になっても、契約を無理矢理強制解除されたら、その時点でおしまいなんだよ。お父さんと叢雲の親戚の人たちが口裏を合わせて、反対したら――番になったのは事故だったってことにされたら意味がない。わかるでしょ?」
朔夜は日向の手首を摑むのをやめると、彼の両肩に手を置き、自身の胸の内を訴えた。
「契約を解除だなんて、そんなこと、絶対させねえ! おれが父ちゃんや母ちゃんの力を借りる。おばさんにもおじさんのことを止めるように頼む。だから……」
「そんなことをして何になるわけ? さくちゃんは、どうしてそうやって、自分から不幸になろうとするの?」
「不幸? 不幸ってなんのことだよ?」
さっぱり日向の言葉が理解できず、朔夜は狼狽えるばかりだ。
「僕ときみが一緒になるのは、すごく難しいんだよ。オメガに対して世間は冷たいよ。けど、碓氷の家や叢雲の家の考えは、そんなの比じゃないくらいに、ひどいことをするし、してる。もしも僕とさくちゃんが番になったら僕だけじゃなくて、さくちゃんもいっぱい傷つくことになるんだよ。他人からだけじゃない。家族や血のつながりのある親戚から後ろ指を差され続ける。そんなの幸せじゃないよ。ふたりで傷つくだけ。だったら、お母さんたちみたいに友だちになればいい。ただの友だちでいれば、ずっと一緒にいられる。そうでしょ?」
「なんでだよ!」
朔夜は、日向が眉間にしわを寄せるほどの強い力で、肩を摑んだ。
「『いつまでもそばにいられるようにしよう』って……『お互い強くなろう』って、約束しただろ!?」
「そんな昔の話をまだ覚えていたんだね」
「当たり前だ! こんな大事な約束、忘れられるわけがねえ!」
必死な様子でいる朔夜のことを、ふっと日向は鼻で笑う。真剣そのものな朔夜に対して「さくちゃんこそ馬鹿じゃないの?」と悪態をつく。「幼稚園に通っている子どもがした約束を、この歳にもなって馬鹿真面目に覚えてるなんて、どうかしてるよ」
「日向!」
「おままごと一緒だった! 世の中のことを本当に何も知らなかったから大人の真似事をしただけ。守れもしない無謀な約束をすることができたんだ。小さい子どもの戯言を、いつまでも覚えてる必要なんてないよ」
「ふざけんな! 俺は守れもしない約束をしねえ。あのとき、俺はおまえを守るって決めたんだ。だから光輝たちからいじめられないように守ってるし、いじめられていても必ず助けてるんだろうが!?」
「うん、そうだね。さくちゃんは嘘つきじゃないから、律儀にぼくのことを守ってくれてるよ」
「だったら!」
「でも、僕は違う」と日向はきっぱり言い切った。「僕は、ずっと弱いまま。剣道を習っても強くなれない。お父さんに認めてもらうなんて夢のまた夢。女の子である絹香ちゃんに稽古をつけてもらっても駄目。ぜんぜん敵わない……」
「おまえはオメガなんだから仕方ねえだろ! あいつは男の俺と同じくらいに腕力もあるし、ケンカも強い。光輝たちと殴り合いになっても勝っちまうようなやつなんだぞ。おまえとは身体の作りが違うんだ」
「それじゃあ――僕の生まれた意味って何? なんで女の子じゃなくて、男で生まれてきたわけ?」
涙目になりながら日向は朔夜の腕から逃れようと、もがいた。
しかし朔夜は日向が思っていることをすべて吐き出すまで、離すつもりなど毛頭なかった。
「こうやって、さくちゃんと同じ男で生まれて、身長だって今は僕のほうが高いのに……さくちゃんの手を振りほどくことだって、できない! 女の子みたいな顔をしてるって言われて、その上ひ弱で、か弱い女の子みたいな身体をしてるなんて……もうたくさん! 普通の男と同じようにできない……何もできないなんて、そんなのいやなんだよ!」
「バース性のせいでそうなってるんだから、どうしようもないだろ! むちゃくちゃ言うなよ!」
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