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第14章 じれったいふたり5

「さくちゃんはアルファだから、そんなことが言えるんだよ! オメガだからって一生ベータやアルファから馬鹿にされて生きていかなきゃいけないの? アルファの番になるまで発情期に苦しんで、好きでもない人に犯されるかもしれないって毎日、毎日おびえて暮らすのを我慢しろっていうわけ!?」 「おまえがそうならないために俺がいるんだろ!」 「その考えが一番気に食わないんだよ!」と日向は朔夜の言葉を真っ向から否定した。  自分の存在価値や、思いを否定されたのかと早とちりした朔夜は、灰色の瞳を揺らした。  日向の両肩に置いていた手から力が抜け、だらりと下へ落ちる。言葉をなくした朔夜は、苦しそうに自身の胸を掻きむしる日向を、見ていることしかできなかった。 「きみは、魂の番だからって責任を感じているだけ。自分のオメガを守るために無理をしてる。そのために、男である僕を恋愛対象として好きだって自分に言い聞かせて、むちゃをするんだ……! 僕は『きみの隣に立てる人間になる』なんて馬鹿なことを言って、約束を破り続けてる。弱いままで……いつも、きみを縛りつけている。自由を奪うことしかできない……ただの足(かせ)だ」  そこまで言うと日向は口をつぐみ、目線を足元の床へ落とした。そして膝から崩れ落ちると両の目から涙をこぼした。 「きみの幸せを奪って……のうのうと生きてる、ただの卑怯者だよ。だから……だから……」  朔夜は日向の前で膝をつくと、おそるおそる濡羽色をした丸い頭へと手を伸ばした。さらりと手触りのいい髪に触れても日向は拒絶しない。幼い子どものときのように朔夜の日向の頭を撫でた。 「泣くな。……俺の幸せは俺が決める。勝手に決めつけんなよ」 「だって……僕のせいで、いつもきみはつらい思いをしてるんだよ。僕は……さくちゃんにふさわしくない。ふさわしい人になれない……本当は友だちとして、さくちゃんの隣に立つことも、番になれるような人間性もないんだ。資格がない……。きみに与えられるばかりで何も返せない……」 「馬鹿だな、資格なんて必要ねえんだよ」 「さくちゃん……」 「責任感なんかじゃねえ。俺は自分の意思で、おまえのそばにいる。たとえ、おまえがオメガじゃなくても、オメガからべつのバース性になっても、俺の気持ちは変わらねえ。俺の特別は、一番好きなのは――おまえだけだ」 「……どうして、そんなことが言えるの?」 「だって、おまえが最初に俺に与えてくれた。俺が今の俺でいられるのは、おまえがあの日、公園の砂場にあらわれたおかげだ。不幸な透明人間を、幸福な人間に変えてくれた。その事実は一生変わらねえよ」  頭を撫でていた手を頬にやって、朔夜はしゃくりあげる日向の顔をそっと上げさせた。薄紅色の頬を濡らす涙を指先で拭ってやりながら、黒曜石のような瞳を一心に見つめた。 「だから、俺ができることは、なんでもしたいって思う。おまえを傷つけるやつから守るし、やさしくしたい。おまえの望みをなんでも叶えたいんだ。日向の特別になりたい。おまえの一番好きな人になりたい」  朔夜の明確な言葉を耳にして、日向の胸は期待と不安によって息ができなくなるほどに苦しくなる。心臓が強く脈打った。 「俺は母ちゃんとは違う。おまえが、いつもそばにいてくれねえと幸せになれねえ。ただの友だちじゃ、いやだ。いつかおまえと番になったり、結婚したいから恋人じゃなきゃ……いやだ」 「恋人……」 「そうだ。……ごめんな、ちゃんと伝わるように話さなきゃいけねえのに、恥ずかしかったり、おまえに嫌われないかって不安でちゃんと言わなかった。言えなかった。伝わるように言葉を使わねえと意味なんかねえのに『どうして、わかってくれないんだ』って内心怒ったり、すねたりした。でも、もうやめる」  そうして朔夜は日向の両手をそっと握った。  朔夜の手が燃えるように熱く、じっとりと汗ばんでいることに日向は驚愕する。同時に普段は雪のように白く透き通っている朔夜の肌が、赤く染まっていた。  自信なさ気な表情をして朔夜を口を開いた。 「日向、俺の恋人になってくれないか? 付き合ってほしいんだ。……駄目、か?」  明確な言葉でもって朔夜は自身の胸のうちを明かした。  そこには疑う余地も、不安になる要素もない。  正真正銘、朔夜から交際を申し込まれた。はっきり恋人になってほしいと請われた。  その事実に驚くあまり、いつの間にか日向の涙は引っ込んでいた。  心臓がうるさいくらいになる高鳴る日向は震える唇で朔夜への返事を紡ごうとした。  だが、どんな言葉で、なんと答えたらいいのか――最適解が見つからなかったのだ。  自分が本当に朔夜を恋愛対象として見ているのかが、日向にはわからなかった。  もっと幼い子どものときに朔夜と手をつないだり、ハグを何回もした。キスだって朔夜から頬や額にされたが、気持ち悪いと思ったことは一度だってない。  でも――唇と唇を重ねるキスは?  もしもキスをしても何も感じなかったり、不快だと思ってしまったら、そこで朔夜との関係が絶たれる。  日向は朔夜とは異なり、精通を迎えていない状態だった。だれかに恋をすることも、性的興奮を覚えることもなかったのだ。

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